2020年10月17日土曜日

新橋のED治療広告は珍しく性的モノ化の典型例になっているし、これまでの表現物への非難とも連続している

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巨乳女性の料理系YouTuberくまクッキング氏を採用した潜在顧客となる男性の視線の動きをよく理解している新橋駅前のED治療の広告が話題となっていた。文句を言っている人が雄弁ではないので論点が分かりづらいが、表現規制の是非をめぐる何年も続く議論と同じ観点から非難されていると考えられる。

何が問題なのであろうか? — 医療広告には規制で品位が求められる、港区の屋外広告物景観形成ガイドラインは駅前広場の広告に品格を求めている、景観を害するから東京都屋外広告物条例に反する、屋外広告物条例の申請が出ていなかったという法的議論もあるのだが、当初は気にしている人はいなかった。故に、性欲を刺激して男性の視線を惹きつける道具として女性の身体を使っているので性的自己モノ化(sexual self-objectification)であり、性化(sexualization)になっていることが、「ふざけてる」と言う感想をもたらしたと想像できる。

他の胸部が大きい女性も同じく性的自己モノ化している事になってしまうと思うかも知れないが、この広告の場合は胸部に広告のメッセージが入っているので、性欲で惹きつけてメッセージを伝達する道具として人間の身体を使っており、同じにはならない。過去のマンガやアニメの絵のときは、そもそもモノ化される人格が無かったので有害な性的モノ化とは言えなかったが*1、今回は生身の人間の顔が無い胸部のアップなので、問題になりうる性的モノ化の典型例*2。カントの義務倫理の世界であればケシカランと言うことになる*3

ただし、非難している人々はこれまでとは違うとは指摘していないようなので、性的自己モノ化自体ではなく、ポルノ化(pornofication)/性化が問題と捉えられている。考えられるのは、エロ可愛い格好は女性に有害論。思春期の少女が巨乳を武器にして稼いでいる女性を見ると、男性を惹きつける振る舞いの追求が女性の生きる道だと思い自尊心を喪失して、人生を踏み誤ると言うような議論がある。実証的な裏づけは乏しいが、少なくとも一部の女性にとっては自分が嫌っている男性に媚びる生き方を指図されていると感じ、性化された広告は不快な表現物となる。なお、親類のオジサン/オバサンの結婚しろ子ども産めなど生き方を指図される機会は数多くあるので、累積的抑圧と感じられる所には注意しよう。

広告主もくまクッキング氏も利益を得ているし、ED患者が搾取されるわけでもないであろうし、男性のおばかな傾向性をうまく使った広告は興味深いし、新橋駅前の景観によくあっているし、実際問題、見たところで人生を踏み誤る女性などいないと思うので、一部の女性が不快に感じると言うだけでは道徳的に撤去すべしとは言えないと思うが、「今までのフェミニズムに基づく議論の積み上げをぶん投げジャーマンしました」と言うことは決して無い。新橋のED治療広告は珍しく性的モノ化の典型例になっているし、これまでの表現物への非難とも連続している。

*1関連記事:過去のフェミニズムの議論からは、性的モノ化された萌え絵が有害の可能性は低い

*2人格を見ている/見せているのではなく、他者と代替が容易な身体の一部分を見ている/見せていることになる。

*3一般には、性的モノ化が必ず悪い事とは限らない。

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