2017年9月21日木曜日

むしろ今が北朝鮮に武力行使しやすい

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北朝鮮が核兵器開発を進展させる事に対し、米国は中露やその他の国を巻き込んで経済制裁をかける一方で、核放棄しない限りは武力で体制を転覆すると圧力をかけているが、朝鮮半島の専門家は、北朝鮮は体制維持がかかっていると考えているから核開発の放棄はできない一方で、米韓は今までも出来なかったのであるから、これから武力行使はできないであろうと説明している。曰く、「何で今まで何もしなかったんだ。核兵器開発ほぼ終わってる段階じゃ手を出せんだろ。もっと前に潰しといた方が簡単だったろ」と言うことらしい。しかし、今からの方が実際問題、攻撃しやすいかも知れない。過去30年間に生じた社会的・技術的変化を考えてみたい。

1. 中国が武力行使を黙認する可能性が高い

思い込みでイラクを滅ぼしたほどの米国が、今まで北朝鮮に手が出せなかった理由を考えよう。中朝友好協力相互援助条約で、中国人民解放軍が自動参戦してくる事になっているのが、軍事的な最大の問題であろう。北朝鮮自体の軍事力は貧弱だ。1991年の湾岸戦争時のイラク軍の2倍以上の兵員がいるとは言え、朝鮮戦争時の武器を未だに使っていると言われている*1。米韓の軍の近代化を考えれば、朝鮮戦争時よりも相対的にずっと低い脅威だ。近代化した人民解放軍こそが脅威と言える。しかし、中国人民解放軍が出てくるかは怪しくなりつつある。

報道によれば、中朝関係は悪化しており*2、中国は対北朝鮮の経済制裁を本当に遂行している*3。条約にある自動参戦条項の見直しを訴える動きもある。中国と米韓はここ30年間で経済的には互恵関係になっており、中国にとって経済的な北朝鮮の重要性は低くなっている。毛沢東は西側と国境を接することを嫌がったため1951年、朝鮮戦争に義勇兵を送ったと言われているが、1964年の原爆実験と核兵器装備の前の話である。もはや安全保障上の重要性も低い。

米国は国際協調の枠組みで対北朝鮮制裁を正当化できている。1994年の米朝枠組み合意も、その後の1回目から8回目までの国連安保理の制裁決議も北朝鮮の非核化と言う狙いは達成していないが、これらの失敗こそ武力行使を正当化する。中国も平和的解決を公言しているが、北朝鮮の核武装を容認していない。中国としては条約を破りやすい状況にある。実際、安保理決議とは言え、「他方の締約国に対するいかなるブロック,行動又は措置にも参加しない」は、破られている。

2. 北朝鮮の暴発リスクが高くなっている

逆説的だが、国連の対北朝鮮制裁が暴発リスクを高めている面もある。中国税関の統計によると、7月の北朝鮮向けガソリン輸出は97%減となっている。実際、現地へのメディアの取材でも、パイプラインがほぼ停止になっていると言う証言が取れており*4、密輸に頼る状況のようだ。鉱物資源に加えて繊維製品の輸出禁止措置で外貨獲得手段が封じられた北朝鮮*5は、密輸に頼ることも難しくなっている。さらに、出稼ぎ労働も新規契約が禁止されており、時間が経てば状況はさらに悪化する。90年代よりも経済成長をしていると言う指摘もあるが、これらの外貨獲得手段に依存したものであって、自律性があると考えるのは軽率だ。

困窮したからと言って大量破壊兵器をそうぽんぽんと用いるはずはないと思うかも知れないが、大韓航空機爆破事件、韓国哨戒艦「天安」撃沈事件、延坪島砲撃事件などを思い出すと、北朝鮮が核兵器を使わないと言う保証は無い。北朝鮮の核保有は、核抑止力を持つことを目的としていると言うが、それを信じたとしても北朝鮮が抑止力として核兵器を用いるのは対米としてだけであり、対韓、対日では実践兵器とする可能性は排除できない。米国本土を攻撃するわけでは無いからだ。実際、北朝鮮は米国領土への攻撃能力をアピールしており、米国がその同盟国への攻撃は米領への攻撃と同様に見なさないと考えている。米国の核の傘が見えているのかは怪しい。

3. ミサイル防衛システムの実績はゼロ

武力行使の必要性を低下させる新技術もある。ミサイル防衛システムだ。実験では、それなりの成功率を誇っている。しかし、ミサイル防衛システムがあるからと言って、北朝鮮の弾道ミサイルが無問題と言う事は決してない。実験ではそれなりの精度があるのだが、ミサイル防衛システムの実戦における実績はゼロである。むしろ湾岸戦争で使われたパトリオット・ミサイルが、良く調べたら全弾外れていたと言う事例が失敗データベース入りしている*6ぐらいだ。何割かの確率で打ち漏らす覚悟はせざるをえないであろうし、(そんな能力があるのかは不明だが)飽和攻撃による攪乱に対応しきれるかはやってみないとわからないと言える。どちらにしろ戦争をするのであれば、先制攻撃でなるべく殲滅する方が安全と言うことになる。

4. むしろ今が北朝鮮に武力行使しやすい

米韓など国連は核放棄しない限りは経済制裁を緩められず、北朝鮮は体制維持がかかっているので核放棄はできないと言うチキン・レースになっているわけだが、北朝鮮は核放棄を決して認めないとするならば暴発する可能性はそれなりあり、さらに北朝鮮が大量の野砲の先制攻撃でソウル市に打撃を与えられる事を考えると*7、米韓には先制攻撃をする理由はある。北朝鮮が核兵器を実戦投入できると考えるのであれば、なおさら積極的になる。既存のミサイル迎撃システムで対応困難なMIRVの導入前の方が望ましい。非難決議だけで9回も出しているわけで、平和的方法は尽くした。もちろん北朝鮮が圧力に屈して核放棄をするか、1994年の米朝枠組み合意にならって核放棄をしたフリをする可能性も完全には排除できないが。

振り返れば米朝の対立は1950年から、核問題は1993年に北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)から脱退して以来の駆け引きで、どちらの時点から見ても何十年と経ち安全保障・外交・経済における国際情勢は大きく変化している。核兵器による反撃の可能性から「もっと前に潰しといた方が簡単だったろ」と言う観点もあるだろうが、政治的には今の方が簡単になっている。北朝鮮がまだ核弾頭を実戦配備できていない、もしくは数えられるほどしか実戦配備していない状況であれば、今がもっとも容易な時期とすら言えるであろう。言うまでも無いが、核武装ドミノの防止策になる、朝鮮半島の安定化になると言う成果の見込みは、今でも変わらず残っている。

*1北朝鮮・朝鮮人民軍における武力装備の今 | BUSINESS INSIDER JAPAN

*2焦点:ほころび始めた中朝関係、「唇亡歯寒」の終焉か

*3アングル:北朝鮮経済に制裁の影響じわり、燃料価格が高騰」を参照。ただし、第三国を経由した制裁回避と、漁船を使った密貿易も指摘されており(日経)、経済制裁がどの程度機能しているかは意見が分かれる。

*4北朝鮮制裁、太い「抜け道」 中国の送油施設、厳戒態勢:朝日新聞デジタル

*5国連安保理、北朝鮮制裁決議を採択 「燃料と資金断つ」:朝日新聞デジタル

*6失敗事例 > スカッドミサイルの追撃・阻止の失敗による兵舎の被爆

*7大量に配備されている122/200/300mm多連装自走ロケット砲(MRL)と170mm自走砲(通称コクサン)の射程が、弾薬によっては60Km以上ありソウル市内に届くとされる。

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