2017年1月11日水曜日

導関数dy/dxのdyとdxを説明するのは実は苦労

このエントリーをはてなブックマークに追加
Clip to Evernote
Pocket

中高の微積分でも出てくる導関数dy/dxの、微分と呼ばれる記号dyとdxが指すものが何なのか、じっくり考えた経験はあるであろうか。「dy/dxは分数ではない」と生徒に教える数学教師に疑問を投げる塾講師のツイートから、あれこれ大学教員の間でやり取りがあった*1のを眺めていて気づいたのだが、仕方が無いとは言え、このdxとdyが何なのか少なくない人々が誤魔化されたまま終えるようだ。実際、私も良く分かっていなかった。

導関数dy/dxは、差分ΔxとΔyの比Δy/Δxの極限として定義される。この定義からはdxだけを取り出して、それの値を一つに定める事はできない。ゆえに分数ではないのだが、よく知られた合成関数の微分に出てくるチェーンルールによって分数のように取り扱う事ができる。

中高生はε-δ論法によって証明される極限の公式は知らないので厳密にこの操作を理解する事はできず、厳密ではない証明イメージを提示する事があるようだ。まぁ、大学生になって学部でε-δ論法を学ぶと、分数的に扱ってよい事がわかる。しかし、それからはdy/dxではなく、dyとdxと言う記号がそれぞれ何を意味するのかは分からない。つまり、dxとdyを切り離して使うには説明不足となる。

たぶん上の完全微分方程式を解く問題で見かけるのが最初の人が多いと思うが、dxは微小変化と考えて良いような言い回しがあるだけで、dxを独立した何かとして扱ってよい理由はしっかり説明されていないと思う。dfのdは全微分した印と理解できるであろうが*2

完全微分方程式のこの書き方が問題ないことを説明できる人は、解析学に習熟している。なぜならベクトル解析もしくは多様体の話が出てくるまで、しっかりした説明を見かけない。外積代数を利用して外微分を定義すると、dxは1次微分形式と呼ばれる上式のような線形写像の一見意味の無い基底として導入される。しかし、外微分の性質を見ていくとそれまでの微積分と整合的なものになっている事が分かる。実際、df=f'(a)dxは、dx=x-aと置いてf(x)-f(a)の一次近似になっているし、df/dxは{f(x)-f(a)}/(x-a)の極限値と一致する。なお厳密には、dxで構成されるdfは余接ベクトルであって、速度ベクトルと言うか接ベクトルと双対関係にある事など幾何的な意味付けがされることになる*3

これでdyとdxが独立して扱える理屈がわかるが、ベクトル解析もしくは多様体を学ばない人には縁が無い説明になる。しかし、縁が無いままで済むかと言うとそうではなく、物理方面でよく使われる線積分や面積分の計算を見ると、のような式が出てくるわけで、dyとdxは不可分と思い込まれると後々面食らうことになるかも知れない*4

微積分の発明者の一人ライプニッツがdy/dxをいい加減に考案してから、ワイエルシュトラスがその意味を厳密に示すためのε-δ論法を完成させるまで200年ぐらいの間がある。グラスマンが外積代数を考え出した後にdxが再定義されるまでは、もう少し時間がかかっているであろう。グラスマンの外積代数は難解なので、最初は広く受け入れられなかった。地頭がよい人にとっても、厳密に考え出すと微積分はそう易しい概念ではない。

厳密さを損なわないで、先を見据えた説明をするのは困難だ。状況を把握するだけで苦労なほどである。数学の教員が方便を言うのも、仕方が無いのであろう。ところでベクトル解析の本を読んだことがあるはずなのに、勘違いしていた事はなじらないでください(><)

*1dy/dxは分数なのか否か?dx分のdyと読んでいいのかどうか?微積分をどう教えるべきか?どう認識すべきか?」「dy/dxを分数だと見なさないのはトンデモでは無いから

*2なお、dfのdがf(x)-f(a)の一次近似式を与える操作だと考えれば良いと示唆もあって、確かにそう考えて問題は無さそうである。

*3ベクトル解析30講」を読むと感覚がつかめると思うが、局所座標によらない云々だけ頭に残るかも知れない。

*4大学にもよりそうだが、物理学を学ぶ大学生でも、毎年、パニックになる人が出るそうだ。

0 コメント:

コメントを投稿