2016年11月17日木曜日

トランプ支持層とナチス支持層はだいぶ違う

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比較すると非都市部の中高年以上の低学歴・高所得層が熱心に支持しているといわれるトランプ氏であるが、低学歴で高所得にひっかかるので地域と年齢のコントロールをしっかり行なった分析を見るまでは、政治分析は信じないぞと心に決めている。特に、ワイマール共和国時代のナチス・ドイツとの類似性を主張している選挙分析は、ほとんど信じるべきではない。それがあなたが信奉しているエコノミストの話であっても、疑ってかかるべきだ。

有権者は選挙制度を見て投票行動を決定するので、二大政党が支配的な国での大統領選挙と、少数党が乱立している国での議会選挙と言う制度面の差も大きいと思うのだが、経済状況だけを見てもリーマンショック後の失業率上昇がだいぶ解消された米国と、巨額の戦時賠償金に加えて大恐慌の打撃を受けている真っ最中のワイマール共和国は状況が随分と異なる。戦時賠償金は金融危機と異なり、供給ショックに近い。GDPの20倍と言われる当初額が1924年のドーズ案と1928年のヤング案で実質減免されて来たとは言え、今の米国で同様の供給ショックは思い当たらない。

さて『トランプ支持層と「ナチス台頭時」に支持した階層はきわめて似ている』と言うエコノミストの安達誠司氏の記事が流れていた。Rothwell and Diego-Rosell(2016)のトランプ支持層の分析と、King, Rosen, Tanner and Wagner(2008)のワイマール共和国での選挙分析を元に、トランプ支持層とナチス支持層の共通点を主張しているのだが、少なくとも後者の方を誤読しているようだ。

安達氏は論文に書かれたナチス支持層の特徴として「所得レベルは中程度で貧困層ではない」「保守的なカトリック教徒が多かった」と紹介しているが、逆の事が書かれている*1。論文のCONCLUDING REMARKSを見ると、大部分の社会階層が同じ方向にだいたい同じ量だけ支持がふれたと指摘した上で、なお違いを見ていくと、大恐慌の影響を大きく受けたワーキング・プア(商店主もしくは専門職の自営業者、自営業者手伝い*2、家内使用人)がナチスの支持するようになった一方、カトリック教区のそれらの人々は社会民主党と中央党への忠誠心を持ち続け、失業者は共産党に流れたとある。

「失職リスクの小さい中小企業」については該当する記述が見つけられなかった。中小企業を分析しているような記述が見当たらない。上述ワーキング・プア層は経済的打撃を受けても失業リスクが低いと言う記述はあったが。「国内産業従事者(つまり、貿易業や金融業ではない)」については、議論がない。もしかしたらdomestic workerを誤読したかも知れない。「(当時のドイツに重くのしかかっていた)第一次世界大戦時の賠償金支払いが長期間続くことに対して大きな不満を抱いていた」も良く分からず、ナチスが戦時賠償金について文句を言っていたと言う記述しかない。なお、ワイマール共和国の全階層が戦時賠償金に不満を持っていたのは間違いないであろう。それで社会民主党は政権を失ったと考えられている。

細かい所を検討してみたが、そもそもトランプ支持層とナチス支持層が似ていると言う発想がそもそも無理がある。ワイマール共和国は、政権与党の社会民主党でさえ社会主義革命の看板を降ろせなかった保守と革新は双方とも武力闘争上等の世界で、ヴェルサイユ条約下でドイツに課せられた膨大な賠償金は現代社会では他に類を見ない。当時の社会状況を説明した本を読めば、その特異性はすぐ理解できる*3。探せば似たようなところは見つけることはできるだろうがバックグラウンドが違うわけで、そこから何かを占う事はできないであろう。

*1unemployedを貧困層と解釈したかも知れないが、そうであれば、そのように書くべきであろう。

*2domestic workerで家庭内労働者と定訳があるのだが、domestic employees (who were particularly important in agriculture)と説明があるので、農家などの自営業者の手伝いをしている人々と考えた方が良いようだ。

*3関連記事:ドイツ近代史を手軽に確認するための四冊

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