2016年11月14日月曜日

ポリコレ棒で叩かれているモノ

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口が悪いトランプ氏が次期大統領に決まった事で、なぜか世の中に仲間が多いと思ったのか*1、ポリティカル・コレクトネスについての反感を公に唱える人の発言が増しているようだ。ポリティカル・コレクトネスではない事を理由に表現規制を求めるリベラルな人々の行為を、ポリコレ棒と揶揄している。ポリコレ擁護者も出現してポリコレ批判者もポリコレ守られているなどと言い出し、賑やかになってきた。しかし、その擁護者も批判者もポリコレ棒で叩いているモノが何かを曖昧にしていて的の絞れない議論になっている。まずはポリティカル・コレクトネスが問題にしているモノを整理したい。

1. 悪意は無いが差別的とも解釈できる表現の回避

ポリティカル・コレクトネスは、人種など特定グループなどを迫害する意図を持たずに使われるが、よくよく考えると差別的とも言えなくない表現(マイクロ・アグレッション)を回避する行為を指す。例えば、職業の性別分業を前提とした表現になるので、看護婦ではなく看護師と表現するように改訂することが挙げられる。男性も存在するわけで、これは実用的にも妥当な話であろう。

2. ヘイト・スピーチや各種差別行為は別問題

文脈にもよるようだが、かつてワイマール共和国で流行った「第一次世界大戦でドイツが負けたのはユダヤ人が裏切ったためだから、やつらを皆殺しにしろ」のような無根拠かつ悪意のあるヘイト・スピーチの類を規制する行為は、ポリティカル・コレクトネスとはわざわざ言わない。人種に基づく採用差別の禁止なども、含めるわけでは無い。明確に被害者が特定できる名誉毀損や侮辱も含まれない。少なくとも批判されているポリコレの対象は、マイクロ・アグレッションに限られるとしてよいであろう。

3. 熟語などの伝統的な表現も問題にされる

悪意に基づかない表現にしても、ポリティカル・コレクトネスに厳しい人々の許容範囲は狭く、熟語などの伝統的な表現も、古い作品の中の表現もポリティカル・コレクトネス違反の例外にならない。テレビ番組でインタビューイが「片手落ち」と言う表現を使ってしまい、インタビューイとアナウンサーが謝罪する事例がある*2。アニメ「巨人の星」が再放送されたときに「めくら」と言う台詞が無音になっていたと良く指摘されている。

4. 文法すら問題にされる

伝統的な表現どころか、言語の文法に深く根ざした部分でもポリティカル・コレクトネスの対象になる。英語は文法的性がありeveryoneを指す所有代名詞はhisだったのだが、ポリティカル・コレクトネスの問題から近年はtheirを使うようになってきているそうだ。his/herでも良いのだが、くどい表現に感じるらしい。

5. 理屈を理解するのが難しい事例

幾ら説明されても、理解し難いモノもある。三年前に話題になった人工知能学会の学会誌の表紙のアンドロイドのイラスト*3や、昨年のボストン美術館のラ・ジャポネーズの着物のレプリカを来場者に来てもらうと言うイベント*4や、先月のアイドルグループ『欅坂46』のイベントでの衣装*5はポリティカル・コレクトネス違反になるが、批判者の主張を全く理解できない人は相当いると思う。

6. ポリコレ棒が防止しているモノは大きく無い

典型的にポリティカル・コレクトネスが問題にしているのは、悪意が無いにしろ、目に入ったり耳に挟むと気分が悪い人もいる表現マイクロ・アグレッションと言うことになる。それら表現を規制することの妥当性はともかく、ポリコレ批判者もポリコレで守られている云々と言う話をしている人々もいるのだが、批判されているポリコレ棒の範囲からは、ヘイト・クライムや採用差別どころかヘイト・スピーチすらも外れている。さて、これを事細かに気にする意義はあるのであろうか。「女の幸せは結婚」「男の価値は稼ぎ」などと言われたくない人はたくさんいるであろうが。

*1大統領選挙で反ポリティカル・コレクトネスを中心的に訴えていたわけではないので、反ポリティカル・コレクトネスが支持されたと言うより、口の悪さを気にしない有権者が多かっただけに思える。

*2「片手落ち」は差別用語か: みみずのたわごと

*3アンドロイドが女性型なので、女性が家事を担当すると言う性別分業を前提としている所が気になるようだ。一般名詞で特定性別を前提とするのが問題と言うのは共感を呼びそうだが、絵のように一つの情景を描写するに過ぎない表現も抑制されるべきと言うのは無理があるように感じる(関連記事:人工知能学会の学会誌のアンドロイドのイラストについて)。

*4絵の中の着物が、支配的地位にある人々、つまり白人が、抑圧されたマイノリティの文化をその本来の、例えば宗教的な意味を無視して模倣した紛い物だと思われたようだ。なお、ラ・ジャポネーズの着物と言うか内掛けは、歴史的には本物である蓋然性が高い。19世紀末の欧米には日本美術の店があり、日本からの輸出用の着物などを販売していた。そこのカタログを見ると、欧米人向きのデザインになっており、帯を使わない着方が紹介されている。中国などの東アジアの服装がまとめて着物として扱われていたが、どれも日本製らしいし、高島屋の貿易部でも一緒に扱っていたそうだ(周防(2007))。模様が派手なので輸出用なのであろうが本物であり、欧米人が着るための日本製品である。

*5ナチス・ドイツの軍服に似た衣装であり、国際的な圧力団体サイモン・ウィーゼンタール・センターによると犠牲者に苦痛を引き起こし、被害者の記憶を貶め、ネオナチ感情が増加している国の若者に誤ったメッセージを送ることになるそうだが、考えすぎな気がしなくも無い(関連記事:欅坂46の衣装のどこがナチス・ドイツの軍服に似ていたのか)。

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