2016年1月14日木曜日

マイケル・サンデルの経済学批判

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日本ではNHKのテレビ番組「ハーバード白熱教室」で有名になったマイケル・サンデル教授は、経済学批判に熱心なコミュタリアンとして知られている。単に批判的と言うわけではなくて、経済学者の目に付く所で堂々と批判している人で、経済学の学術雑誌にも寄稿している強者だ*1。著作を読む気力は沸かないのだが、それが短い論文だったので読んでみた。

主張はそう難しくない。経済学者が使う厚生基準に問題があるので、その再考が必要だと言うものだ。経済学者は財やサービスを何でも取引可能にしたがるが、それが人々の財やサービスに対する態度を変化させ、人々が道徳的では無くなる事がある。また、道徳的な態度をとることで不効用が増していく*2と考えているが、道徳は実践する事で板につくので不効用が増すとは限らない。経済学者は、この二つを見逃している。

この主張、共同体主義について知らないと、面食らうかも知れない。古くはアリストテレスまで遡るのだが、人々の道徳は人々が所属する共同体からの影響によって形成されると言う考え方だ。実践によって、人々の道徳とそれに基づく選好が変化する。人徳に優れた人物の真似をすることにより、真似をした人の人徳も向上していく。義務倫理や帰結主義が幅を利かせる倫理学の世界で主流派では無いであろうが、先人や親を模範とする習慣は確かに実社会に息づいている。

市場化が、人々の選好を変えてしまう。サンデル論文では多くの事例から、それが現実であると主張する。

  1. 保育園に子供を引き取りにくるのが遅い保護者に超過料金を課したら、早めに引き取りに来る人が増えずに、遅く引き取りに来る人が増えるそうだ。お金を払えば不道徳では無いと感じる保護者が多かったらしい。
  2. Gneezy and Rustichini(2000)*3は、訪問よる寄付金集めを3グループに分かれて行ってもらい、それぞれのグループで募金額に対するインセンティブを、1.インセンティブ無し、2.インセンティブ1%、3.インセンティブ10%とする実験を行った。インセンティブは、寄付金の一部をまわすのではなく、別の資金源から拠出される。教科書的な経済学であれば(3)>(2)>(1)の順番で募金活動に熱が入るが、実際に集まった寄付金額を比較すると(1)>(3)>(2)の順番であった。これからインセンティブ無しの非市場化状態の方が、道徳的行為に熱心であった事が分かる。
  3. 米国の売血は英国の献血と比較して上手く機能していないと言われる*4。献血をするのが道徳的義務だと思わなくなるのか、自発的な献血者がいなくなり、相互融通の精神(正確には"gift relationship")が失われるそうだ。

経済学者が想定している外部不経済などによる「市場の失敗」以外にも、市場が上手く機能しないことがあり得るわけだ。なお、セイウチ猟権の売買の例や、思考実験的に難民受入枠取引、産児制限をしている国の出産権の売買が議論なども紹介されていたのだが、何が問題なのか私には分からなかったので割愛した。また、冒頭の友情はお金で買えないも、そうだっけ?と思わなくも無かった。お金にも友情にも縁は無いが(´・ω・`) ショボーン

お金が絡むと善行でなくなる気がして、善行をしなくなる事はあるかも知れない。日ごろから善行を行っていたらそれが当たり前になってしまって、むしろ善行を行っていないと気持ちが悪いと言うことはあるかも知れない。経済学者はこういう影響に左右されないようにメカニズム・デザインを行ったり、厚生基準を作ろうとしていたりするのだが、サンデル教授はこういう影響を利用して道徳的な社会を作ろうと論じている。作ろうとしている社会が本当に道徳的なのか別の議論が必要になりそうだが。

*1Sandel, Micheal J. (2013) "Market Reasoning as Moral Reasoning: Why Economists Should Re-engage with Political Philosophy," Journal of Economic Perspectives, Vol.27(4), pp.121--140

*2正確には不効用が増すとは表現されておらず、利他性、寛大さ、連帯、市民精神(civic spirit)などの善は、使用したら無くなる日用品とは異なると主張されている。

*3Gneezy, Uri, and Aldo Rustichini. 2000b. "Pay Enough or Don't Pay at All," Quarterly Journal of Economics, Vol.15(3), pp.791--810

*4サンデル論文では紹介されていなかったが、日本も過去に売血が行われており「定職に就けない人たち」が供給源になってしまい、しかも特定の人が「赤血球が回復しないうちにまた売血してしまうので、赤血球の少ない黄色い血しょうばかりが目立つものになってしまい」「健康を害するほど売血を繰り返した人の血液は、輸血しても効果が少ないばかりか、輸血後肝炎などの副作用を招きがち」だったそうだ(血液事業の歴史|血液事業を知ろう|大阪府赤十字血液センター)。献血が売血になったところで道徳とそれに基づく選好が同じであれば、健康で定職に就いた人々も売血に応じるはずであるが、実際には売血市場から離脱してしまったと言えるかも知れない。

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