2021年6月30日水曜日

ジェンダー社会学者の石田仁さん、その重回帰分析ではその因果を主張できませんよ

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ジェンダー社会学者の石田仁氏が、重回帰の結果をもって「人々のトランスジェンダー嫌悪が少なくなれば、ジェンダー平等感覚の形成は進む」と主張しているのだが、統計的因果推論の手法を使わない限りはそのような事は言えないので指摘したい。トランスジェンダー嫌悪はジェンダー平等感覚や他の潜在変数に影響を受けうるので原因ではなく結果の可能性がある。

ランダム化比較実験や自然実験のデータやマッチングなどを使う統計的因果推論の手法を用いていない重回帰分析で説明変数の係数に統計的有意性が示されたとしても、従属変数と説明変数に相関があると言える*1だけで、因果、つまり説明変数を変化させたら従属変数が変化するとは言えない。性別のように説明変数が外生と見なせれば別だが、一般に重回帰分析の結果だけをもって従属変数と説明変数の因果は主張できない

石田氏は、ランダム化比較実験や自然実験の結果を分析しているわけでもなく、単純に1時点の状態を聞いたアンケートデータの単純な重回帰分析しかしていないので、因果関係は主張できない。「トランス女性へのフォビアを減らすと、人々の間でジェンダー平等感覚が高まる」と言う解釈は誤りだ。トランスフォビアの人は(バニラジェンダー仮説の支持者と言う意味で)ジェンダー平等感覚が低いとは言えても、トランスフォビアで無くすとジェンダー平等感覚が高まるとは言えない。

何か質的調査で、ある個人のトランスフォビアの程度が増したり減ったりしたら、同時にジェンダー平等感覚が増したり減ったりすると言う経験が報告されていれば、因果の向きを予想する事も許されるかも知れないが、石田氏の議論ではそのような文献の参照も無い。むしろトランスジェンダー排除的なラディカルフェミニスト(TERF/ジェンダークリティカル)の存在を考えると、因果を考えることが困難だ。逆にトランスジェンダーが伝統的なジェンダー規範にしたがって生活してはいけない理屈もない。

大きな問題点は以上だが、以下、他にも気になった点を。

  • 石田仁氏は、ジェンダー平等感覚が高まるとトランスフォビアの程度が低くなる逆の因果の可能性も示唆している気がする*2が、その場合は内生性があってトランスフォビアの程度とジェンダー平等感覚が同時決定されることになるので、トランスフォビアの程度の係数の推定量にバイアスが入ることになる。図表2と図表3で示されるトランスフォビアの程度がジェンダー平等感覚を低下させる程度は大きなものだが、本当はもっと小さいかも知れない。
  • 考慮されていない潜在変数がトランスフォビアの程度とジェンダー平等感覚をそれぞれ決定している可能性もある。また、年齢と性別と教育年数をコントロールしてトランスフォビアの程度の効果量を見ているわけだが、(サンプルサイズ的に大丈夫だと思うが)多重共線性の可能性もある。念のためにVIFを見たり、もっと念入りに交差検証を行ってみたい感じもするが、素朴にトランスフォビアをあらわす「トランス女性へのフォビア」を抜いて、年齢と性別と教育年数だけで重回帰しても自由度調整済み相関係数を確認するぐらいはして欲しい。ほとんど変わらない場合は、年齢と性別と教育年数が代理する何か(e.g. 所属するコミュニティーの偏見)が決定していて、トランスフォビアの程度との相関は偶然の可能性が大きくなる。
  • トランス女性フォビアの指標に「女性のような男性をみると、不快になる」が入っていて、ジェンダー平等感覚の指標に「男の子は男らしく、女の子は女らしく育てるべきだ」が入っているのが気になる。同じ質問になっている可能性があるので、どちらか落とすべき。「女性のような」ではなく「女装した」であれば良かったのだが。なお、質問票の問11(ア)が「男性は、女性のような服装をするべきではない」で近い。
  • 「主成分分析を行ったところ、1因子構造でした」と言うのはよいのだが、第一因子の寄与率が知りたい。
  • ほとんど同じ値になっていて推定結果はほとんど動かないと思うが、性別として戸籍上の性ではなく自認する性を用いているのは、トランスフォビアの程度との共分散が大きくなるので、厳密にはよくない。また、トランスフォビアの程度を被説明変数にした重回帰分析では、内生性の問題も僅かであろうが入っている。
  • おかしいや気持ちが悪いと思ったらトランスフォビア(トランスジェンダーへの嫌悪)というのは短絡的過ぎる気がする。特におかしいの方は、親子関係やトランスジェンダー男性の出産などを念頭において、社会的に辻褄が合わなくなることを考えているのかも知れない。
  • 計量分析に関係ないところなのだが、はてな匿名ダイアリーの訃報、本当かどうかわからないわけで、これを無検証/無批判に引用しているところは、ネット・リテラシーが低いと言わざるをえない。

議論の改善のために要望を書いておきたい。まず、トランスフォビアで無くなるとジェンダー平等感覚が高まるような事例があると解釈の説得力が高まるので、そういう事例を探して分析の解釈を補強して欲しい。内生性や潜在変数の問題も、定性的研究から無いか目立つものではないと言えるのであれば、計量分析の妥当性が高まる。もちろん無いとか逆であれば、議論を修正して欲しい。次に、多重共線性の話は機械的にできるので、一応、チェックしておいて欲しい。この2点で十分かは分からないが、だいぶ改善になると思う。

*1計測された誤差項の分散に対して十分に大きな効果量があって、帰無仮説(e.g. 効果ゼロ)を棄却できる。

*2従属変数と説明変数を入れ替えた推定モデルの結果に言及している。

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