2021年2月5日金曜日

ラムザイヤーの部落民論文に対するフリーライター角岡伸彦の批判は藁人形論法

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法学者のジョン・マーク・ラムザイヤー氏のディスカッション・ペーパー*1を、フリーライターの角岡伸彦氏が批判している*2のだが、なぜか冒頭の要約に書いてある部分までミスリードしていて、論文の主張を読み間違えている。機械翻訳を使って読んで、原文は目を通していない言われても不思議は無い。

まず、角岡伸彦氏は「著者はこの論文で一貫して、部落民は自らの反社会性、暴力性を原資に、運動団体を組織し、国家や自治体から補助金を強奪した、と主張している。」と主張するが、ラムザイヤー論文は、

  1. 反社会的で高犯罪率のために差別されていた貧農を主体とする部落民が、
  2. 20世紀初頭にマルクス主義歴史学に啓蒙され、それにそって皮革製品の製造者だから差別されて来たと自己定義し、解放運動を開始したが、
  3. すぐに都市部からやってきた犯罪起業家(criminal entrepreneurs)に乗っ取られて、暴力的で脅迫的な戦術によって地方自治体から公的援助を巻き上げるようになった

と言うものだ。運動が当初から暴力的であったとは言っていないし、運動が暴力的になったのは犯罪企業家のせいだと言っている。部落民が差別されるようになった理由が反社会性/暴力性であったとは書いてあるが、反社会性/暴力性を活かして運動をしていたとは書いてない。

また、角岡氏が誤りだと指摘する箇所の幾つかが、論文中に見つけることができない。和訳の他に対応する原文を提示すべきだ。論文中のSadakichi Takahashiに関して、「著者は高橋が部落出身であると明記しているが」とあるが、SadakichiとTakahashiをそれぞれ検索したが、出てくる段落にそんな事は書いていない。さらに、「論文では、この文章の前に、原典にはない”By instinct”(生まれながらに)を勝手に付け加えている。研究者にあるまじき行為」と非難するが、論文をinstinctで検索しても見つからない。同じ論文を参照しているのか不安になる。論文は2020年に出版され、ネットにあがっているディスカッション・ペーパーは2018年のものなのだが、角岡氏はネットに公開されていた2019年のバージョンを見ているらしいので。

関連して、誤読の箇所がある。以下の角岡伸彦氏の指摘は、誤読だ。

拙著『とことん!部落問題』(講談社、2009年)から引用し、以下の文章を載せている。

<いっときは、10~25%の若い部落の男たちが暴力団に加入した。現在はほとんどいない>

私は拙著で、関西のある地方都市では過半数のヤクザが部落出身だが、若い世代にはほとんど見られない、とは書いているが、<10~25%の若い部落の男たちが暴力団に加入した>とは書いていない。書いてもいないことを”引用”するのは、ラムザイヤーの常套手段である。

該当箇所は以下のようになっており、部落民の暴力団構成員率は角岡伸彦氏の著作から引用しておらず、警察白書から計算していることが分かる。

At the height of the mob in the late 1980s, police reported that 23,000 men in their 20s and 27,000 men in their 30s were part of one of the gangs (Keisatsu hakusho, 1989). If the age composition of the burakumin tracked the general population,12 21.4 percent of the 20-29 year old burakumin men would have been part of the mob, and 25.2 percent of men in their 30s. "The buraku," as Kadooka (2012, 20) put it, was "for a long time ... the hotbed of the mob."(拙訳:1980年代の後半の暴力団構成員の絶頂期では、警察は2万3000人の20代男性、2万7000人の30代男性が一つの暴力団の一員であった(警察白書(1989))。部落の年齢構成が一般人口のそれを辿っているのであれば、20~29歳の部落民の21.4%、30代の25.2%が暴力団構成員であった。角岡(2012; p.20)が言うところでは、部落は長い間、暴力団構成員の温床であった。)

他に1969年の矢田事件が、日本共産党と部落開放運動の対立の結果、生じたという記述への角岡伸彦氏の批判だが、p.40のSimultaneously,からはじまる第2段落を読み落としているのか言及が無い。文芸春秋に2014年に掲載された上原善広氏のレポートに言及しているし、Rohlen (1976)から共産党員の教員が暴力を受けて、12名が(椎骨を含む)骨折、13名が6週間以上の入院・・・と暴力行為が頻繁にあったことを指摘している。なお、金銭的利益が無くても、政治的影響力を伸ばせるので、同和対策事業に関わることができれば、日本共産党にうまみがあったのは否定できない。

角岡伸彦氏の名護町(旧長町)はスラムであって部落ではないと言うのは、土地勘の無い外国人研究者がやりそうで気になるポイントなのだが、検索する限りでは明治に貧民部落と呼ばれていたと言う記述はあるから、部落でないのが自明には思えない。ラムザイヤー氏の議論からすると、貧民が集まっていて外部から部落と呼ばれていれば、部落である。

ラムザイヤー氏の主張がすべて正しいとは言えないが、マイナーな箇所に留まるように思える。1926年以降に出版された『ドイツ・イデオロギー』に、1922年の運動が影響されたと言うディスカッション・ペーパーの記述は確かにおかしいが、『資本論』あたりにも記述があるアイディアだと思うので、論文の筋を変えずに修正は可能であろう。なお、2020年にReview of Law & Economicsに掲載さればバージョンがそうなっているかは確認してみる必要があるので、ここを受け売りしたい人は学術雑誌の方を確認して欲しい。何はともあれ、参考文献の言及が誤っていると言うだけではマイナーな修正に留まる指摘に過ぎないし、著者の態度や過去作に関する言及は誤謬推理で批判にならないし、文体が偉そうと言うのも意味をなさない。口汚く批判するのであれば、上述した論文の主な主張(1)か(2)か(3)のどれかを否定して欲しい。

角岡伸彦氏の非難を読んでいくと、ラムザイヤー氏の議論に部落民に対する悪意を感じ取っているのが感じられるが、衣食足りて礼節を知るような話は普遍的に見られるもので、当時の部落民の素行が悪いと言うのは、そう驚くべき主張ではない。逆に、皮革製品の製造者が伝統的に不可触民であったと言う主張を疑ってはいけない理由もない。江戸時代の身分が士農工商では無かったという話もある。また、部落民開放運動の指導者にはラムザイヤー氏の議論に沿った批判がされてきており、他に2006年の奈良市部落解放同盟員給与不正受給事件などもあり、運動の性質が変容後、地方自治体から公的援助を巻き上げ私的収入にしていたような主張も、明らかにおかしいとも言いがたい。角岡氏が示すように争議の結果、地方自治体から巻き上げられなかった事例もあるだろうが、それを目指していなかった、全体として無かったと言えるであろうか。

追記(2021/03/04 22:09):ブログを更新した言及は無かったが、これを参照したよと2019年版のDPへのリンクが追記された。さて、「とかく団結して社会に反抗せんとする傾きがある」を、"By instinct, they act as a group and resist social pressure"と、By instinct(拙訳:本能的に)をつけて訳した事を批判しているのだが、By instinctが無いと「集団として活動し、社会圧に抵抗する」になり、「とかく~傾きがある」の語感が無くなる。意訳ではあるが、誤りとは言えない。

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