2017年9月7日木曜日

仲正!ゲーデルの不完全性定理よりも簡単な論理の不完全性を自己言及パラドックスで示すハッタリがあるよ!

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ポストモダン好きの思想史研究者の仲正昌樹氏が、ポストモダンのゲーデルの不完全性定理のハチャメチャな理解を擁護して、この定理は認識論哲学を否定する自己言及性のパラドックスの問題に関連があり、純粋に数学の問題に留まらないと主張している*1。その説明に難があるのも問題なのだが*2、そもそもゲーデルの不完全性定理を文学的に援用しようとすると、一般の読者は

  1. 数学全体の完全性と無矛盾性を示そうとしたヒルベルト・プログラムの否定的解決として出されており、自己言及性のパラドックスの解決や解決不能性を目指したものではない
  2. 一階述語論理に関するゲーデルの完全性定理や、ゲンッェンの超限帰納法による無矛盾性の証明や、ペアノ算術をやめてプレスバーガー算術にしたら決定可能な体系が得られることなどは考察しない理由が分からない
  3. 「決定不可能な、すなわちそれ自身もその否定も証明できないような命題が、その体系内にかならず存在する」からと言って、決定可能だった命題の信頼性や(定理から記号操作で至ることができると言う意味での)論理性を揺るがすものではない
  4. 無矛盾性や完全性やトートロジーなどの単語の定義やゲーデル数がどうなっているのか

と疑問を抱くことになるので、筋がよくない。そもそも「この文は証明できない」で十分であろうし、クレタ人のパラドックス*3でも十分に足りる事しか言っていない。これらでは仕掛けが単純すぎて迫力が無い、もしくはすぐに解決されてしまって面白くないと言う場合も、リシャールのパラドックスの変形版がある。これは素人でも把握できる程度にはシンプルだし、振り回すのであればこちらの方でお願いしたい。

1. リシャールのパラドックスの変形版

ゲーデルの世界―完全性定理と不完全性定理」で紹介されていた変形版の表記を変えて紹介する。

加算個(とは言え無限)の論理式の集合{Q}があるとする。kは自然数と置いて、Q(k)をk番目の論理式とする。カントールの対角論法から、ある自然数のタプル(r, c)から自然数kへの全単射の写像k(r, c)=(c+r)*(c+r+1)/2+cを定義することができる。よってQ(k)と等しい論理式P(r, c)を考えることができ、論理式をそれぞれr行c列の位置に行列表記できる。

論理式P(r, c)を証明可能だと示す論理式の一つを、Q(k'(r, c))と書く。k'(r, c)は(r, c)から自然数への全単射の写像であるが、証明可能を示す論理式が一意ではないため、一意では無い取り方ができる。k(r,c)≠k'(r,c)なので、Q(k(r, c))とQ(k'(r, c))は異なる論理式。Q(k'(r, c))も、Qの定義からP(r,c)の集合の要素に同じものが存在する。

任意に自由変数mを選んで、論理式P(m,m)を証明可能にするQ(k'(m,m))を考える。無数の論理式の組み合わせの行があるため、Q(k'(m, m))の否定、¬Q(k'(m, m))をm列の成分とする行m0を取ることができる。つまり、P(m0, m) = ¬Q(k'(m, m))となる。

mは任意の自然数なので、m=m0とも置ける。0から上限のない値域をとるので、m=m0となるときがあると考えても良い。すると、P(m0, m0)とQ(k'(m0, m0))は同値、P(m0, m0)と¬Q(k'(m0, m0))は同値になり、Q(k'(m0, m0))と¬Q(k'(m0, m0))も同値になる。これは明らかに矛盾となるため、P(m0, m0)は肯定的にも否定的にも証明不可能となる。

論理式の集合{Q}の中に決定不可能なQ(k(m0, m0))が存在することになり、論理式の集合{Q}の完全性が否定された。

2. このパラドックスの良い所

そう長くない説明で全体像を示す事ができる。論理式に他の論理式の証明可能性に言及する論理式を認めると、肯定的自己言及と否定的自己言及が同値命題になるものが出てくると言う、まさに仲正昌樹氏が用いたい「パラドックス」である。「循環論法」にはなっていないが、公理のトートロジーは論理的に正しい命題なので、これはそもそも言及しない方が良いであろう。コケオドシには十分である。

3. このパラドックスの悪い所

勘の良い人は気づいていると思うが、(m, m)とm0行が交差するところが問題であり、つまりm0行に¬Q'(k(m, m))が並ぶようにk'(r, c)をうまく取れるかがポイントになる。うまく取れないと、完全になる。完全な数学の体系もあることとは矛盾しない。なお、オリジナルのリシャールのパラドックスは、数を循環定義するようになっているので生じることが分かっており、この変形版にも似たような弱点があるかも知れない。あと、分かっている人にはやはり通用しない。

*1例えば「明月堂書店 – 理解できない外国語の文法を恐るべき妄想力で変更する、驚異の反ポモ人間――バカに限界はないのか? 仲正昌樹【第45回】 – 月刊極北」を参照。

*2ゲーデルの定理(2) - Skinerrian's blog

*3「クレタ人は嘘をつく」を真とすると、命題『クレタ人は「クレタ人は嘘をつく」と言う』が否定され、『クレタ人は「クレタ人は嘘をつく」と言う』を真とすると、命題「クレタ人は嘘をつく」も命題「クレタ人は嘘をつかない」も否定して終わりそうなので、論理的に大きな問題があるのかは謎である。

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