2016年11月22日火曜日

「Aを批判するものは、Bも批判すべし」論法の意味すること

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ネット左派の「疑似科学を批判すべきならば、優生学も批判すべし」と言う議論からの展開だと思うが、「Aを批判する者は、Bも批判すべし」などと言う主張をする人を、「そもそも何を批判したいかわからない」「人格としては信用しない」と主張している人がいる*1。婉曲的な表現ではあるが、大抵のケースではそう不明瞭な主張ではないので指摘したい。大抵のケースでは「Aを批判する者は場当たりな道徳判断をしている」と主張していると捉えることができる。

Aを批判すると言う行為は、Aが規範に照らし合わせて問題があると言う判断を下していることを含意している。BがAと同様の性質を持つのであれば、Bも規範に照らし合わせて問題があると判断を下せるはずだ。Aを批判している者が、Aは問題だがBは無問題だと考えるとき、AとBは異なる性質を持つか、批判者の規範に普遍性が無いことになる。元の議論で言えば、疑似科学と優生学の違いが示されなければ、場当たりな道徳判断をしている事になる*2

ネット左派の人々は好き嫌いという主観的判断からAとBの同質性を主張できると思っている節がある*3ので、AとBの同質性を同時に示した方が建設的な議論になるとは思うが、「Aを批判する者は、Bも批判すべし」論法自体は否定すべきとは言えないし、利用したからと言って人格に問題があるとも言えない。なお、これが議論の是非を言明する批判では無く、時間をかけて反対運動を展開しろと言う主張であれば、元エントリーで主張されていたように、リソースは有限なので全ては無理だから、優先順位をつけてやっていくしかない。

*1ほにゃららを批判するものは云々」「優先順位とか対象とかそういう話

*2疑似科学は否定されているか論拠の無い主張を科学的知見だと言い張るものなので、社会哲学に分類される優生学とは明らかに異質である(関連記事:優生学と言うよりは優生思想だから、疑似科学批判はできない)。

*3御行儀が良いとは思えない事は多々ある(関連記事:ネットで心が折れないための10の作文技法)。妙な詭弁を展開している事も多い(関連記事:万人が知るべき10の良くある間違った論証方法)。

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