2016年7月31日日曜日

私は数式アレルギーの文系でして(ヘラヘラ

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数学ガール」で有名な文筆家の結城浩氏が『「私は数式アレルギーの文系でして」とへらへら笑う大人に耳を貸すな。』と言うエントリーをあげている。嗚呼、これ私のことだなと思った。難しい数式は読む気もないし、しっかり数学を学ぶ気は無い人で、ある意味、標準的な成人だ。数式を見ていると、息切れ動悸で苦しい。数式を見ていなくても、最近、そういう気がするが。さて、批判されている人々を勝手に代表して、返事を書いてみたい。

1. 数学を学ぶ機会は理文ともに限られる

「あなたはどんな意味でそれを言ってるの?」と言う問いがあるのだが、“文系”と言うところで難しい数学を使って説明されても理解するような学問的修練を積んでおらず、“数式アレルギー”で数学が出てくると強いストレスを感じる事を明言している。私に何かを理解させるとして、数学を使わないで済むのであれば、その方が望ましいと言うことだ。安息するために言っているわけではない。

ただし“文系”は数学に縁遠いバックグラウンドを示すためのバズワードであって、理論経済学など学んだ人は、数学に詳しい可能性がある。逆に理系でも、数学や物理以外を学んだ人は、ほぼ同様なのでは無いかと思う。工学では、学部2年生が数学力のピークと言われている。実際に、「私は数式アレルギーの理学博士でして」とへらへら笑うピペット奴隷もいた記憶がある。大学受験時には数学は苦手では無かったと思うが、その後に修練を積む機会が無かったのであろう。

2. 数学をどこまで学べば良いのであろうか

「数式は言葉に過ぎない」と言うのは確かだが、ハイコンテクストな言葉ではある。定義や公理はもちろん、ある程度の定理も知っておかないと、数式で書かれたことが何であるかを理解する事はできない。「計算機科学者でΣがキライな人はいません」とあるのだが、Σが加法を表すものなのか、クライスリ圏のアクションの集合なのか、はたまた座標系を意味するものか、分からない。ノーテーションは説明されたらすぐ分かるかも知れないが、公理や定理は学んでおかないとついていけない。ストークスの定理からブラウワーの不動点定理を背理法で説明すると以下の一行で終わるそうだが、初見で理解できる人は脳が多様体に汚染されているとしか言いようが無い*1

何をどこまで学べば良いのであろうか。微分積分、線形代数、そして集合・位相のそれぞれ初歩ぐらいから始まるわけだが、終わりは底なし沼になっている。フーリエ変換を使うために函数解析を学ぶといったぐらいが現実的で、複素解析を学んでいたら楕円の弧長や振り子の速度が計算できるようになったと言うのは勢い余っている感じがする。群論は知っておく方が良いであろう。しかし、数学者の志村五郎氏は、ガロア理論など発展の無い話ではなく、表現論を学べと言っていた。また、必要に応じて最小限に抑えようとしても、そうは簡単ではない。ブラック=ショールズ方程式を理解しようと思ったら、確率微分方程式、偏微分方程式、フーリエ級数を学ぶ事になるわけだが、これだけでも高校数学の範囲からだったら相当な学習量になる。

現実として間に合っていない状態の人も少なくないであろう。確率・統計を使っている人であっても、ルベーグ積分を学んでいない人は多い。つまり、厳密には何をやっているのか理解していない。また、多様体も学んだ方が良いらしいが、不勉強な私には、その理由すら謎である。学習が間に合っているわけではないし、間に合う見込みも無いので、「私は数式アレルギーの文系でして」と言わざるをえないのだ。確かに開き直っている所はある。圏論を学んでモナド、モナドと呟いているぐらいならばまだしも、超準解析を学んでモナド、モナドと呟くようになったら、もうε-δ論法すら認められないかも知れないので、これぐらいが丁度良いと思っている。やめて、メタプレティック群を調べないで放置していることを責めないで(´д`)

3. へらへら笑う程度の学習に留めるべきかも知れない

「若者にそれを推奨するなといいたい」と言うが、費用対効果は考えて行かないといけない。もちろん朝倉書店の数学30講シリーズの全10冊に書かれているぐらいの知識はあった方が良い。テンソル、イデアル、ウェッジなどの単語を素で使い出すコミュ障もいるのだが、殺人は罪な世の中だ。高木貞治「解析概論」、松坂和夫「集合・位相入門」、伊藤清三「ルベーグ積分入門」、永田雅宜「可換体論」、松島与三「多様体入門」などの代表的な教科書で学ぶ事を止める理由も無い。しかし、この程度の学習量では「私は数式アレルギーの文系でして」とへらへら笑う大人にしか成れないのだ。そうならないようにするための学習量は、想像すらできない。「若者を自分のレベルまで落とそうとするなよ」「抜け道を若人に与えてしまう」と言われても、「五次方程式をTschirnhausen変換を使ってBring-Jerrardの標準形を求める事で解かなくても生きてこられた」と言わざるを得ない。

4. 意識の低いオトナでも若者に悪影響は無い

そもそも数学が必要な分野を志す若者が、その辺のヘラヘラした大人の言葉にいちいち惑わされるのであろうか。数学はカリキュラムが作られているわけで、漠然とでも進路を定めたら何を学ばないといけないかは、かなり明確に提示される。高齢の作家が二次方程式の知識が不要と言っても進学には必要なので、若者はそんな話に聞く耳は持たない。数学ラノベを書いている人気作家が「数式は理系の言葉」と言い出しても、有名国立大学に入るのに数学が必要なので、文系であっても数学は学ぶ人は学ぶものだ。数学を学べと怒る必要もない*2

アーベル=ルフィニの定理に証明が与えられていないガロア理論の数学読本を読んでいる子供を張り倒すようなオトナになりたかった気もするのだが、気づくと数式アレルギーの文系になってしまった。子供がペアノ公理から四則演算を証明するよりも先にお釣りの計算をしたからと言って、歴史的な《知》に対する冒涜と説教する気力も無い。自分の不甲斐なさにへらへらと笑ってしまうが、それを受け入れる社会であって欲しい。熱心なクリスチャンには、許せないのかも知れないが。

ところで、他に方法が無い場合、ヘラヘラ笑っていても数学の利用は回避できないことには注意されたい。この世は生きづらい。

*1Wikipediaの記述をコピーしてきたのだが、この式に持ち込むまでに、wとfに相応の議論が必要そうである(ここを参照;なお、wはsolid angle formのΩ、fはsになっている)。かなりの前提知識が無いと理解できない。

*2漢字を読めない若者や、英語を読めない若者をオトナが怒ると言う話があったが、業務に支障が無い限りは、漢字が読めない若者や、英語を読みたくないという若者を怒る人は少ないと思う。漢字が読めなくて延々と責められていた大人は、麻生総理(当時)ぐらいなのでは無いであろうか。ところで安倍総理は、原稿にルビをふっている。

*3もちろん、ブーメランとなって返って来る。

4 コメント:

sasa2718 さんのコメント...

これをストークスの定理を用いたブラウアーの不動点定理の証明というのは無理でしょう. リンク先を見ましたがn次元球面がその境界に引き込めないことにストークスの定理を使っているだけで証明の一部でしかありません. これを見て不動点定理が証明されたと思うほうが間違いです

uncorrelated さんのコメント...

>> sasa2718 さん
そういう分けで「以下の一行で終わるそう」と書いた上で脚注をつけておいたのですが、なぜか英語版Wikipediaでは、ほぼコレだけで紹介されています: https://en.wikipedia.org/wiki/Brouwer_fixed-point_theorem#A_proof_using_Stokes.27s_theorem
こういう記述を一見して、正誤を判断し、何を言おうとしているのか理解できるようになるまで、数学アレルギーのままになりそうです。

sasa2718 さんのコメント...

Wikipediaに完全な証明が掲載されてないと何か問題があるのでしょうか?

uncorrelated さんのコメント...

>> sasa2718 さん
私は問題とは主張していませんが、それはさておき、問題かどうかは、その一部分だけで不動点定理の証明の全体像が類推できるか否かにかかっているでしょう。貴殿は証明の一部から、証明の全体を類推できましたか?

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