2021年8月10日火曜日

国際比較をすると、日本の殺人事件・殺人未遂事件の女性被害率は小さい

このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

近年、女性が女性であるために殺されたことをフェミサイドと「定義」し、なぜか日本ではフェミサイドが多いと思わせるような論考*1が人口に膾炙かいしゃされつつあるのだが、そんなことは言えないので指摘したい。日本は女性の殺人被害者が多いというような主張はデータの見方がおかしいし、そもそもフェミサイドは女性と言う属性への憎悪犯罪のように見せかけつつ、女性が被害者の殺人事件の大半を含んでしまう用語なので、バズワードとして利用を避けるべきだ。

1. 殺人事件から未遂を除いた国内比較で女性被害者が多い

問題となる論考は、警察庁「刑法犯に関する統計資料」の各年版を参照した上で、殺人未遂事件を除けば、男性よりも女性の被害者数の方が多いことを問題にしている。平成30年版を切り出すと以下となっている。比率にすると女性が大多数とは言えないが、国外では殺人事件被害者は女性の方が多いことから考えると、特異性があるのは事実だ。しかし、問題の論考のような女性にとって日本は安全かという問題意識であれば、男女比ではなく女性の人口あたり被害者数で評価すべきだ。

2. 国際比較すると日本の女性被害率は低い

国連薬物犯罪事務所のウェブサイト(Homicide rate by sex | dataUNODC*2から、女性の人口あたり被害者数を見てみよう。問題となる論考ではフランスと比較してあるので、フランスの2015年から2019年の10万人あたりの女性被害率を見ると0.85~1.15となっている一方、日本は0.27~0.33なので、フランスより日本の方が殺人事件の被害者に合い難い。英米など他の国と比較しても、概ね日本の方が安全だ。米国は1.8~2.28、英国は0.59~0.77である。

UNODCのデータは国ごとに未遂事件を含んだり含まなかったりするのだが、問題の論考の数字とUNODCのデータの数字の差異から考えて、フランスも日本も未遂事件を含んだものとなる。未遂ではないものだけでも比較しておこう。問題となる論考の「2018年のフランスにおける女性の死亡者数約121名」を、日本とフランスの人口比で調整すると約228となるが、日本の2018年は179名だ。日仏のギャップはだいぶ縮まるが、日本がより危険だとは言えない。なお、刺されたり撃たれたりしても死ななかった殺人未遂事件を除いて女性の安全性を評価すべきかは、議論の余地が大きくある。

3. フェミサイドと言う言葉は、誤謬推理を招き勝ち

揚げ足取りのように聞こえるかもだが、フェミサイドという用語は、多種多様な殺害理由を女性蔑視/女性憎悪という一つの殺害理由にミスリーディングしてしまうきらいがあるので、利用を避けるべき。

辞書を見ると"the crime of killing a woman or girl because she is female, usually committed by a man(拙訳:大抵男性によって行われる、女性が女性であるために、婦人や少女が殺される犯罪)"と説明されるのだが、通り魔のジャック・ザ・リッパーですら売春婦を狙っていて女性全般を狙っていたのではないわけで、この説明を狭義に解釈すると、ごく一部の憎悪犯罪にしか当てはまらない。男児ではなく女児が産まれたと言う理由での嬰児殺しぐらい。しかし、"Femicides are frequently carried out by domestic partners(拙訳:フェミサイドは頻繁に同棲関係にある者によって引き起こされる)"と言う詳細な説明に注意を払うと、女性と言う属性への憎悪犯罪のようなものに限らず、金銭トラブルや痴情のもつれからの犯行も含まれるだろうし、体格差などの影響も入ることが分かるが、ほぼ全ての女性が被害者の事件が含まれるかなり広義な定義だと分かる。

話題になっている一昨日の小田急線の事例で言うと、警察がメディアに流している胡散臭い情報からの現時点でできる推測ではであるが、「勝ち組の女に見えた」から刺したといいつつ、「幸せそうなカップル」への危害を企画していたともあるので、狙ったのは女性ではなく幸せそうな人々で、たまたま女性がそう見えた結果の蓋然性が高い。日本では女性の方が幸せそうに見えることが多いので、幸せそうな人々を狙った犯行では女性が被害者になるからフェミサイドと言えないこともない。しかし、フェミサイドだと主張している人々は、どうも女性への憎悪が凶行に走らせたと考えているようで、犯人に男女関係なく幸せそうな人々への憎悪があったことを見落としている。同種の事件を抑制するには、犯人が幸せそうな人々への憎悪を抱くようになった理由が大事なのだが。

何でも説明できてしまうフェミサイドと言う用語と、何でも説明できてしまいそうな女性憎悪と言う用語を組み合わせて、何に対しても女性蔑視が原因と言う紋切り型な分析をしたいジェンダー○○学者には便利な単語なのかも知れないが、そうではない人々には語義曖昧論法と言う誤謬推理を生じさせがちなだけな厄介な用語である。バズワードとして利用を避けることをお勧めする。

*1日本の殺人事件での死亡者は、女性が男性を上回る。「フェミサイド」の実態は? | ハフポスト

*2少なくとも2012年の統計で警察庁のものと数字があわない。信憑性は低いかも知れない。

0 コメント:

コメントを投稿