2016年1月29日金曜日

ミクロ経済学のマクロ的基礎

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経済学と言えば、需要曲線と供給曲線が交わる図を思い浮かべる人は多いと思う。教科書では価格規制などの政策効果の分析をしたりするのだが、実はこの図には大きな仮定がある。分析している財の支出に占める割合が小さい事を理由に、所得効果が無視されているのだ。

ミクロ経済学ではスルツキー分解として習うが、価格の変化は代替効果と所得効果による需要の変化をもたらす。電気代が一定で、灯油価格が下がったときの暖房を考えよう。まず、エアコンではなく、灯油ファンヒーターを使うようになるはずで、これを代替効果と呼ぶ。次に、電気代と灯油代が少なくなって余裕が出来ることから、暖房を良く効かせるようになるはずで、これを所得効果と呼ぶ。

ヒックスのような大経済学者からそうなのだが、ミクロ経済学で広く教えられている部分均衡分析で所得効果を本当に無視して良いのか、1980年代までは深くは考えられてこなかった。代替効果と所得効果が知られるようになってからも、50年間ぐらいは放置されていたわけだ。恐らく大半の経済学者もまだ気にしていないと思うのだが、グラスゴー大学の林氏にはこだわりがあるらしく、ある日、Vives (1986)を薦めてきたので読んでみた。林氏のブログに紹介がある*1

前置きが長くなったのだが、Vives (1986)は次のような主張をしている論文だ。代替財のみで補完財がなく*2、それぞれの財から得られる効用に大差が無い経済で、財の種類兼所得n→∞のときに、所得効果はそのノルムで見て1/√nの率で消えていく一方で、価格効果はそのまま残ると言う話で、このときに需要曲線は所得効果がなくなり、代替効果は必ず右肩下がりなので、右肩下がりになる。所得が無限大に増えるときを議論しているのはテクニカルな工夫であって、財の種類が増加したときに価格効果よりも所得効果の方がゼロに収束するのが早いと解釈して良いであろう。一つの十分条件を示したに過ぎないが、それなり良く仮定される条件になっている。

そう意外な結果ではないし、必要条件ではなく十分条件を基準にするのには問題が無くもないのだが、Vives (1986)に準拠していたら、一般均衡分析にしなくて良いのか疑問を投げかけられたときに返答に困る事は無いであろう。住居のように支出の何割も占めてしまう財だけではなく、代替財の数が少ないものの部分均衡分析も避けた方が良さそうだ。例示としても垂直な需要曲線は描かない方が無難である。もちろん、n→∞は現実には絶対に成立していない仮定なので、部分均衡分析自体を捨ててしまった方が少なくとも精度の面からは良いわけだが、それだと話がしづらいときもある。

御利益はちょっと謎なのだが、三十年前の論文なので、ヘッセ行列を使ったミクロ経済学の最適化問題と固有値の基本的な知識があれば、あとは対角優位行列(Diagonally dominant matrix)とゲルシュゴリンの定理しか使っていないから、読むのに苦労する物ではないと思う。ミクロ経済学の各種概念への理解を深めるのに悪くない教材だと思うので、経済学徒は読んでみるのも悪くないかも知れない。もちろん応用分野、周辺分野の人は、論文の大雑把な主張だけ知っておき、教科書的な分析の限界を意識しておけば十分である。

*1経済学における極限論法 (3) - Metaeconomics

*2この仮定はかなり強く感じると思うし、実際に現実経済には補完財が溢れているわけだが、この仮定が無いと一般均衡分析で一意な解を得る事ができない。

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