アファーマティブアクションなどDEI施策批判者で、英文雑誌に論文を載せてしまうNENENENE@研究氏が、フランスでは女子枠が違憲だと主張している。
フランスの平等条項は格差是正のためといって、職員の採用では適用されず、クォータ制がある。選挙の立候補者の男女枠に関しては、憲法自体が改正されている。そんなお国柄で大学入試だけクォータ制があるのが謎だ。
NENENENE@研究氏のスライドを見ると根拠になる情報が挙げられている。これだけだと上手く検索で出典を突き止められなかったのだが、NENENENE@研究氏に出典を聞いたら自分で探せと言いながら教えてくれたので有難く確認してみた。
1. 2025年に新規許可された女子枠
まずUne école d’ingénieurs privée crée une voie de recrutement 100 % féminine(生成AI訳:私立の工科大学が100%女性限定の募集経路を新設)と言う記事なのだが、これで女子枠が憲法違反と言うのが否定されてしまう。スライドにも書いてあったが、2025年新設であることは省略されていた。
1925年にマリー=ルイーズ・パリによって設立された旧女子理工科学校(École polytechnique féminine/エコール・ポリテクニークとは関連なし)から、1994年に男女共学になりEPF工科大学に改名された私立大学だ。しかし、フランスではSTEM系の女子学生が減少し続けており、同校の女子比率も例外ではなく、試験が容易な女子専用入試枠を新設することになった。男女半々を目指しているそうだ。
EPF工科大学を運営する財団(こちらは1991年設立)は科学技術分野における女性の育成を目的としている。それで女子枠は男女格差是正措置として見られ、憲法の平等条項は適応されないと言う理屈のようだ。このため、記事を書いたLe Monde紙は公立の大学や他のグランゼコールはこのような措置を講じることはできないとしているようだが、メディアの予測に過ぎず、実際に導入したときの司法判断は分からない。
追記(2025/07/29 08:48):EPF工科大学は法的に特別な地位にあるので、違憲である女子枠が許されている例外だという主張がされているのだが、法的に許されているならば合憲である。
EPF工科大学は、私立大学ではあるが公共性が高い運営団体で、男女格差の是正を目的としているのが特徴だ。グランゼコール会議(CGE)のメンバーの非営利の学校法人(EESPIG)で男女格差の是正を目的とした財団(Fondation)が運営している。
EPF工科大学の女子枠が特別に合憲だとすると、男女格差是正を目的としているからだとしか言いようが無い。しかし他の大学も男女格差是正を目的に謳って裁判所が信じれば、同様に合憲になりそうである。パリ第8大学の(EPF工科大学の真似をした)女子枠申請を学区教育局は禁止されていると拒絶したそうだが、記事からは禁止理由は推察できなかった。
2. 聴聞会の答弁からは何が憲法違反かはっきりしない
フランス元老院でのSylvie Retailleau元高等教育・研究大臣/パリ・サクレー大学-PSL教授の2025年3月27日の聴聞会での、Retailleau元大臣の答弁だ。
Ensuite, je reste réticente à l'instauration de quotas à l'entrée des concours, faute d'un vivier suffisant. Il est évident que la solution réside dans une action menée en amont. Nous pouvons tout de même réfléchir aux critères de sélection, à la manière de réformer nos référentiels et de changer de paradigme. Cela vaut tant pour l'entrée dans les grandes écoles que pour la gestion des carrières, notamment pour lutter contre le « syndrome de l'imposteur »(生成AI翻訳:次に、入学試験におけるクォータ制の導入には、候補者に十分な人材プールがないため、私は依然として躊躇しています。解決策が上流での行動にあることは明らかです。それでも、選考基準、私たちの参照基準を改革し、パラダイムを変える方法について考えることはできます。これは、グランゼコールへの入学だけでなく、キャリア管理、特に «「インポスター症候群」との闘い » にも当てはまります).
On encourage souvent les femmes à mieux se vendre et à moins douter, alors que le doute est en réalité une qualité précieuse. Peut-être les hommes devraient-ils douter davantage ? Le doute n'est pas incompatible avec la capacité à prendre des décisions. On peut douter et agir de manière décisive, allier intuition et rationalité. Ces qualités ne sont pas contradictoires, elles se complètent et forment des binômes efficaces. Le syndrome de l'imposteur découle surtout de la pression sociale et de modèles de leadership historiquement masculins. Il est important de revendiquer le droit de se questionner et de douter(生成AI翻訳:女性はしばしば、もっと自分を売り込み、もっと疑わないようにと励まされますが、疑うことは実際には貴重な資質です。おそらく男性はもっと疑うべきでしょう。疑うことは、意思決定能力と矛盾しません。疑いつつも決定的に行動し、直感と合理性を組み合わせることができます。これらの資質は矛盾するものではなく、互いに補完し合い、効果的なペアを形成します。インポスター症候群は、主に社会的なプレッシャーと歴史的に男性的なリーダーシップモデルから生じています。自問自答し、疑う権利を主張することが重要です).
Cette réflexion s'applique également aux critères de sélection dans les écoles, qu'ils soient liés au genre ou à d'autres facteurs sociaux. Nous avons étudié l'adaptation de ces critères pour qu'ils reflètent davantage la diversité des parcours et des expériences. Nous avions envisagé d'introduire des quotas dès la sortie du bac, notamment en classe préparatoire, pour diversifier les profils en amont. Nous devons poursuivre ces discussions. Cette idée n'a pas abouti, car un problème d'inconstitutionnalité empêche toute expérimentation sur ces questions de quotas(生成AI翻訳:この考察は、学校の選考基準にも当てはまります。それがジェンダーに関連するものか、あるいは他の社会的要因に関連するものかに関わらずです。私たちは、より多様な経歴や経験を反映させるために、これらの基準をどのように調整するかを検討しました。私たちは、特にグランゼコール準備級において、バカロレア取得時からのクォータ制を導入して、早い段階で多様な人材を確保することも検討しました。これらの議論を継続する必要があります。このアイデアは、クォータ制に関するいかなる実験も違憲であるという問題があるため、実現しませんでした).
フランスの政治家の言い回しが分からないのだが、文字通り読むとクォーター制が違憲とは言っておらず、クォーター制の実験が違憲と言っている。どういうことか理解が難しく、これだけだと生成AI翻訳の問題の可能性も高いのだが、十分な人材プールがないからクォータ制の導入を躊躇っているとか、クォータ制に関する議論を継続する必要があるとも言っていて、憲法違反であると言う話と整合的ではない。憲法違反だと考えても仕方が無いので。なお、文脈からは女子枠よりももっと広いクォータ制の導入を検討したと想像される。
また、司法判断ではない。フランスの行政側の答弁の信頼性は分からないが、日本の国会では不思議答弁が色々とあり、異例とは言え宗教法人法にもとづく解散命令の適用範囲についての法解釈に関する政府答弁が早々に撤回されたこともある。
この聴聞会もやりとり自体は興味深く、冒頭でVérien議長が「科学分野に進んだ女性の半数が、卒業後10年以内に科学界を離れる」と言及し、Retailleau元大臣が「(中等教育以下の改善点を挙げつつ)解決策が上流での行動にあることは明らかです」「医学部の1年生には多くの女性がいますが、医学部は非常に競争の激しい分野」と証言しているのだが、女子枠の是非の検討に参考になる情報が多そうだ。
3. まとめ
この件でNENENENE@研究氏に「欧米でも大学入試における女子枠は違法な性差別として禁止」は、ちょっと問題がある気がすると言う感想に関して謝罪しろと言われたのだが、NENENENE@研究氏が示しているように、フランスのEPF工科大学の女子枠が新規承認されているので、NENENENE@研究氏の主張にちょっと問題があることが確認された。なお、参照している資料、とくに聴聞会のやり取りは興味深いので、よく読んで女子枠反対に役立てて欲しい。
代わりにNENENENE@研究氏のアファーマティブアクションに関する研究紹介に問題があったことをリマインドしておきたい。NENENENE@研究さんのSowell (2004)の紹介はハルシネーションになってしまっていたし、NENENENE@研究さんの主張と異なり、近年の計量分析を用いた実証研究によると、大学進学におけるアファーマティブアクションは、貧乏な非対象を金持ち対象者で置き換えているわけではなく、中等教育へのスピルオーバー効果もあるよ。
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