ジェンダー法学者の島岡まな氏へのインタビュー*1が公開され、そのはちゃめちゃな主張が多くの人の困惑を招いている。今回は具体的な論評を置いておいて、インタビューを読む前に知っておくべきことを列挙しておきたい。
「疑わしきは罰せず(in dubio pro reo)」は元がラテン語だけに日本だけの話ではなく、フランスでも同様。また、それは被害者に厳しくあたるためではなく、検察官の横暴を抑制するための原則。性犯罪は密室での行為になるため、現実としては推測に頼る部分もあり、有罪判決後に冤罪や狂言が発覚した場合もある*2。
日本では、何十年も前から酒や薬物など酩酊状態や、暴力などへの恐怖、職場の上下関係などにつけこんだ場合は強姦罪とする判決が下されていた。2023年の法改正は、判例を法律に取り込むことでそれを周知するためのものに過ぎない。法文から違法行為が分からないのはよくないので書き直したというのが2023年の法改正。
女性にとって日本よりもフランスの方が良い国とは限らない。特に身体に関しては日本の方がマシそうだ。日本よりもフランスの方が性暴力事件の発生率は高いし、年代別の人工妊娠中絶率も高い。また、留学などで外国に滞在しても、その社会の高学歴左派層の中に入るだけで、滞在国の社会全体を体感できるわけではない。そもそも島岡氏の体験談は、女性にとってフランスが必ずしも良い国とは限らないことを示唆している。女性の権利が守られている国から法律を犯して子どもを連れ去る必要はないし、女性を尊重することを教えられてそれを当然と思っている父親に子どもを会わせないようにする必要もない。
経口避妊薬の普及が、女性の性と生殖に関する健康と権利の大きさを表すとは言えない。性的パートナーを信頼する必要が出てくるが、性感染症やピル副作用を考えると、コンドームの方が良いと考えてもおかしくないからだ。経口避妊薬の普及率は、コンドームの着用を拒絶する身勝手な男性の多さを反映している可能性もある。
選択肢に経口避妊薬があるか否かが重要だが、日本では1999年9月から低容量ピルが発売されており、それから既に25年以上経っている。欧米での販売開始より30年以上遅れたわけだが、これは多数のフェミニストを含む反対もしくは消極的姿勢によるもので、男性が女性を迫害していたからではない。萩野美穂*3 (2000)「ピル解禁とその後」ニュースレター, 神戸女学院大学研究所・女性学インスティチュート, Vol.28では、次のように説明している。
日本の場合に興味深いのは、こうした状況に置かれた当時の女性たち自身、とりわけフェミニストや女性の健康問題の活動家の多くが、長い間積極的にピル解禁を要求することなく、むしろピルに対して批判的な姿勢を取り続けてきたことである。その理由は、第一に副作用の恐れ、第二に女のからだの自然なリズムを合成ホルモンの管理下に置くことの「不自然さ」への抵抗感、そして第三に、ピルははたして本当に女を「解放」するのかという疑念であった。ピルによって避妊の心配から自由になり得るのはむしろ男の方面であり、女は副作用も毎日忘れずに飲み続けるプレッシャーも全部引き受けなければならないうえ、「ピルを飲んでいるんだから、いつでもOK」と見られて、気の進まないセックスも断りにくくなってしまう。ピルは必ずしも女の自由や主体性を保証するものではないと、彼女たちは考えたのである。
日本の場合、戦後一貫して避妊法の主流となってきたのはコンドームである。これは男性主導(依存)型避妊法であると同時に、半面では男性を避妊に協力させる、ないしは責任を持たせるという性格も持っている。それに加えて1948年という戦後の早い時期から優生保護法(現在の母体保護法)によって中絶が合法化され、たとえ避妊に失敗してもバックアップが可能であったことも、良きにつけ悪しきにつけ、日本独特の、さほどピルを必要と感じさせない避妊文化を作り上げてきたと考えられる。
また一般社団法人日本家族計画協会会長北村邦夫氏の経口避妊薬の承認が遅れた理由を連載で紹介している*4が、第8話にあるピル開発の父と呼ばれるグレゴリー・ピンカス氏が講演を聞いた人々の感想が、当時の医療関係者の見解を表している。
①飲み忘れたりする人が相当出てくるだろう。簡単なようだが、20日間(当時)毎日欠かさず規則正しく服用することは実際には大変なことだからだ。そして、飲み忘れた日数の分だけ後で一度に飲む人も出てくる。それで心配はないか。
②何日か飲み忘れているうちに妊娠してしまうこともあるだろう。それを知らずにまた飲み始めたらどうなるか。妊娠後は黄体ホルモンが盛んに分泌されることになる。その上、この薬を飲めば、黄体ホルモン過剰になり胎児に悪い影響がないとは言えない。そしてこれを実験することもできない。
③乱用によって性道徳が乱れる心配がある。この問題については加藤シヅエさんが説明会の席上で痛烈に質問したが、米国でも論争の嵐を起こしていると英文タイムズ誌が報じている。
④長期連用の副作用はまだ不明。ピンカス博士らの報告は、米国の他の研究者たちによってもその正しさが認められているというが、それらの報告はまだ5年間くらいの実績のもので、10年、20年という長期の副作用のデータはまだない。かなり強い効力を持つ薬だから、長い間の服用中に人間の体にどんな影響を与えるか心配だ。
⑤この薬は素晴らしい発見で、人類の受胎調節に一つの革命をもたらす可能性を持つものだが、それだけにこの薬を受胎調節に用いるかどうかについては慎重な態度で臨むべきだ。日本でも何年かの実験期間をおくべきで、家族計画の指導者としては目下のところではこの薬を避妊薬としてはまだ勧めるべきではない。
日本家族計画連盟の古屋芳雄会長(当時)も「ホルモンの問題はデリケートで難しい問題を沢山含んでいる。長期間連用しうるかどうか疑問だ。日本で政府が許可するには十分な検証研究が必要だし、医師の監視という条件が必要になるだろう」とピルの承認に釘を刺したとある。
倫理学者の江口某氏が取上げているが*5、ジェンダー学者が取上げている数字とその解釈には注意が必要だ。
*1「女の子は逆らわないほうがいい」フェミニストも絶句…人権意識の高い息子が"超男尊女卑"な男に変貌した理由 性的同意とは、「『いいよ』と言うこと」ではない | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
*2関連記事:女子のための「性犯罪」講義―その現実と法律知識,性的暴行事件の判決について怒り出す前に知っておくべき5つのこと,偽証によって高校生のアメフト選手が性的暴行の罪で服役することになった事件
*3私から見て穏当な記述のこの分野での著作がある(関連記事:ラディカル・フェミニズムがどういう運動だったかが分かる『女のからだ』)
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