2020年2月14日金曜日

青識亜論さん、労働契約では労働者保護の必要性はなくなりませんよ

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ネット論客の青識亜論氏と、流行に一年遅れてパンプス着用義務反対運動についてうだうだと話をしていたときにちょっと気になった氏の論法についてまとめておきたい。御本人にはリプライで指摘したのだけれども、いまいち理解してもらえなかったようだし、これから青識亜論氏と言い争う人が詭弁に引っかからないようにするのに役立つと思うので。

1. 青識亜論氏は経済的自由を重視するが・・・

青識亜論氏の主張は、腰痛や外反母趾など健康被害をもたらすパンプス着用義務に関して、雇用主と労働者の間の経済的自由権を制約するよりは就業規程に明記することによって就職や転職で解決を目指すべきだと言うもので、一見するとそれらしい。しかし、(1)就業規程に明記しても(渋々合意させられて)労働者の健康が侵害される可能性は残るし、(2)就業規程に明記してそれを労働市場に周知するのは現実的ではないし、(3)現代の社会では色々な労働者保護がされていて、雇用主と労働者の間の経済的自由権は既に制限されていることを無視しており、リバタリアンの空想としか言いようが無い主張だ。

2. 労働市場は完全とは言い難い

雇用主が従業員の安全や健康に配慮しない事例は多々あるが、安全管理に無知であったケースを除けば、雇用主に強い交渉力があることが大きな理由だ*1雇用主の強い交渉力の源泉は、買い手独占/寡占の労働市場にあるわけだが、就業規程に労働条件を明記/完備化して取引摩擦をゼロにしても、実現される。労働契約の完備化には、無知な労使に学習をさせる機能もない。つまり、労働者保護として十分ではない。同じやり取りを何度か繰り返したのだが、どうも理解に至らなかったようだ。なお、現在の日本の労働市場には買い手独占/寡占が無いと強い信念を持っているようであったが、近年の最低賃金の引き上げに関わらず、最低賃金付近の雇用量は減少していないので、買い手独占/寡占の労働市場が存在しないとは言い難い*2青識亜論氏は(恐らく労働市場が競争的なので労働者に選択肢があると言う意味で)9割がパンプス義務でない企業であることを繰り返し指摘してきたのだが*3、労働市場はある程度分断されているので、労働市場全体が競争的であるとは言えない。

3. 就業規程の完備化は現実的ではない

就業規程を募集要項などに明記して、一社一社、求職者に周知するのは現実的ではない。聞くに新卒就職活動で100社ぐらいエントリーすることもあるわけだが、どれにエントリーするか検討する段階まで入れたら膨大な就業規程を読む必要があり、さらに就業規定が実際にどう運用されているのか調べる必要がある。青識亜論氏に新卒就職活動のときに、エントリーした企業の就業規定を全部読んだか訊いたのだが、返事はなかった。まぁ、読まないよね。詳細な労働契約の締結と明確化、職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)の作成は日本社会の課題の一つだとは言えるが、企業側は熱心ではない。近い将来の実現は、なかなか難しいであろう。不完備契約で労働者側がホールドアップされることが無くなり、取引摩擦は減るであろうが、ハードルは高い。

4. 既に労働法で経済的自由権は制限されている

理屈ではなく歴史的に理解されたわけだが*4、こういうわけでレッセフェールでは問題解決しないので、現代の社会では色々な労働者保護がされていて、雇用主と労働者の間の経済的自由権は制限されている。1972年に労働安全衛生法が施行され、労災は激減した。日本社会は青識亜論氏が信奉するリバリアンの規範ではなく、何か帰結主義の倫理で動いている。労働契約法第5条と、それに関連した判例の引用を紹介しているところで気づいて欲しかった。買い手独占/寡占の問題もあるし、不完備契約で労働者側がホールドアップされる場合もあるし、雇用主にも労働者にも安全・健康管理の知識が無い場合もあるのだが、作業環境と健康管理に安全配慮義務があり、具体的に色々な規制がある。青識亜論氏が強調する「雇用主と労働者の間の経済的自由権」の無謬性は、現代社会では認められていない。

5. 健康に影響するパンプスの規制は不自然ではない

何はともあれ、パンプスが腰痛や外反母趾などを引き起こす以上は、これは健康管理の問題になる。何らかの規制をかけることが不自然と言うわけではない。既に労働法で規制されており、労使で話し合って解決すべき問題に思えるが*5

青識亜論氏はパンプスがもたらす外反母趾などの身体への負担は、好んでパンプスを履く女性もいるから受忍範囲だと主張していたのだが、強制するのは関係なく問題になる。好んで喫煙をする人がいても職場の間接喫煙の害は社会問題だ。また、青識亜論氏は職場の異質性を考慮していない。そんなに歩かない職場だからパンプスを好んでいるだけで、歩く職場にいっても好むとは限らない。パンプスの女の子にデートで点字ブロックの上を歩かせたら、次からスニーカーで来るようになるから!

6. 労働者の利益や自由と事業遂行上の必要性は、判例を見よう

こういうわけで強制する以上は身体に影響が出るか否かが問題になる。弁護士も、裁判所が認める因果関係の立証ができれば、労災を取れると考えているようだ*6。経営者にとって業務においてパンプス着用が合理的にならないとは限らないことも主張していたが、(ツイッターでのやり取りでは紹介しそこなったのが残念なのだが)裁判所が認める合理性の範囲は狭い*7。パンプスの代替になるローファーがあって、それこそ9割近くの職場でそれでもよいと認めている以上、パンプスに社会通念上の必要性を認める可能性は低い。工事現場の安全靴とは異なる。

7. 比較するのは事業遂行上の必要性が同程度のもので

最後に、青識亜論氏がパンプス着用義務と比較として出す例がよろしくない。レディース・デーは外食産業の消費者問題なので、労働問題ほど寡占/独占の問題は生じるとは考えづらい。引越し業者にとって重い物を運ぶ業務上の必要性は絶対で、メイド喫茶のメイド服は、それがないと男性客が集まらないという意味で必要性は絶対だが*8、女性の営業や販売がパンプスを履いていることを絶対必要とする人々はどれほどいるであろうか。あえて比較すべきは、男性のスーツとネクタイになるが*9、スーツとネクタイには他にビジネスフォーマルな代替物が無い一方で、パンプスは別にローファーにしてもビジネスフォーマルに見えるという違いがある。

*1雇用主が交渉力を賃金ではなく安全管理の不備に用いる理由が要るが、従業員の業務の細部まで考えるのは苦手で賃金だけを考える方が楽なのかも知れない。

*2完全競争の労働市場で最低賃金を引き上げれば、雇用量は減少していくと考えられる。逆に、買い手独占/寡占の労働市場の場合、雇用量は増加すると予想される(関連記事:最低賃金の引き上げを主張する前に)。

*3経営者が優越する交渉力をパンプス着用義務に使うとは限らず、賃金の引き下げなどその他の労働者の不利益に使う可能性もある。

*4山本 (2015)「戦後70年労働災害と職業病の年表」を見ると、数多くの事件があったことが分かる。19世紀から20世紀初頭のイギリスで、鉱山労働者連盟ができて炭鉱事故の発生率が減った故事(Akman and Raftery (1986))からも、経営者に任せていれば十分な安全管理が行われるとは限らないことが分かる。

*5関連記事:就業時のパンプス義務は重要な労働問題だけれども

*6パンプス、ヒール強制の職場でケガしたら「労災」になる? #KuToo - 弁護士ドットコム

*71997年の東谷山家事件ではトラック運転手の髪の色を、2009年の郵便事業事件では髭や長髪を制限することに事業遂行上の必要性が認めらていない。イースタン・エアポートモータース事件(1980年)では、乗務員勤務要領に「髭をそり」とあったものの、ひげを剃らなかったハイヤー運転手に対して会社側が乗車停止処分を行ったことに対し、違法と言う判決が出ている。ただし、不潔な格好、小汚い格好を雇用主が禁止するのは認められてきている。

*8腐女子につれられていったらコスプレデーであったが、毎日と言うわけにはいかないであろう。胸の谷間にボールペンを挿していて、腐女子が興奮して止まらなくなったとしてもだ。

*9男性にスーツとネクタイを着用させることは社会通念に照らし合わせて合理的とされる(2015年エリゼ事件)。

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