2017年11月4日土曜日

数物系のお供「リー群の話」

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ネット界隈で言及される数学用語は幅広いが、数物系学徒が呟く率が高いものと言えば、リー群やリー環だ。学部生向けの数物系の本の最後でも、リー代数について言及があることが多い。線形代数で表される連続群*1と、その接ベクトルが構成する交代積について閉じている環の代数は物理学徒にとっては無くてもならないものらしく、なんと縦列駐車の分析にまで使われる*2ぐらいだ。ちょっと気になるので、『不完全ではあっても“リ一群”の実体を簡単な実例によってまず把握する』と言う「リー群の話」を開いてみた。著者の佐武一郎氏は数学界隈では高名な研究者だ。

1. 数物系の人のための本

『「リ一群の話」は昭和55年から56年にかけて『数学セミナー』に連載したものにごくわずかの修正を加えたものである』そうで、文体もお気楽な感じで書いてある。設問の模範解答もついてくる。さらに、冒頭で簡単な線形代数の説明があったり、第4章でコンパクトと連結の説明をしていたりして、学生が忘れがちのことは随時リマインドしてくれているのだが、そもそも素養が無いと読むのがつらい。やはり、線形代数と解析学はある程度勉強した人のための本だ。

「線形代数のよく知られた結果により」と言うような説明が出てくるし、S2や𝔭nのようなノーテーションは自然に使われるし、ボルツァーノ=ワイエルシュトラスの定理や陰関数定理が何だったか忘れている人には読み進まないものとなっていた。SNSで他に「リー群の話」を読んでいる人はいないかな・・・と思って検索すると、黒木玄氏や非線形氏などのいつもの数学クラスターばかりが引っかかる。

読みづらい本ではないし、微分作用素の説明などは丁寧に感じるし、数物系の人には難しくは無いと思う。「何に使うのかな、これ」と言う感じがどうしても出るので、純粋な文系には取っ付きづらかった。本当の数学好きでないと、御利益が分からないものは学ぶのがつらい。「Sの符号が(n-1,1)ならば,いわゆるミンコウスキー空間になる」ような記述で、おおミンコフスキー空間だと思わない人なので、そっと本を閉じたくなる。特殊相対性理論など知らぬ。

2. 線形代数雑談で始める異世界生活

それでも分厚い付録の「線形代数雑談」は、“オレの知っている線形代数と何か違う”と思える興味深いものとなっている。『数学では余り容易でなくても“容易に”といってゴマカシてしまうことがある』(p.180)と数学が苦手な人を励ます言葉も散りばめられているので、むしろ「線形代数雑談」だけ読むというもの方法だ。「テンソルの概念」でキタ━(゚∀゚)━!!,「標数2の線形代数」で(´ー`)フーン,「P.I.D.の上の加群」で(;´Д`)ハァハァと言う気分になる。全部よくわかっていないと言う意味で同じとは言え、初出の概念は何でもつらい。最後の「アーベル群の基本定理とジョルダン標準形」は、聞いたことがある単語が表題だが、前節のP.I.D.(単項イデアル整域)の話の続きなので、やはり異世界生活感が味わえる。

3. 文系はモチベーション維持に苦労する

社会科学では、群の構造を見出せる例はほぼ無い*3し、見出せたとしても多様体の構造を持つことは無いであろうから、リー群にもリー環にもお世話になる事はほぼ無いと思うが、数物系の人の数学はこういう方向に突き進んでいくのだなと理解するには良い本だと思う。昨日、数物系の人もリー代数を学んでいない場合もあることが判明した*4が、いまさら気にはできない。「線形代数と群の表現Ⅰ・Ⅱ」で十分な気がするが*5、あれで飽き足らない人にはぜひ手を取って、微妙にモチベーションが沸かない同じ苦しみを味わって欲しい。なんと「リー環の話」と言う続編もある。

*1多様体の構造を持つ連続で微分可能な群であればリー群になるので、必ずしも行列が要請されるわけではない。

*2量子の道草―方程式のある風景」(pp.78--89)

*3オーストラリアのカリエラ族の親族関係に群構造を見出したレヴィ・ストロースの研究ぐらいしか思いつか無い。

*4リー群やリー環と物理学徒

*5関連記事:人生にある罠としての「線形代数と群の表現Ⅰ」ひたすら復習を迫られる「線形代数と群の表現Ⅱ」

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