2018年5月30日水曜日

道徳観を整理するための『メタ倫理学入門』

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倫理学は「何をすべきで、何をすべきではないか」を抽象的に定める規範倫理学、それを現実の問題に適用しようとする応用倫理学の他に、議論の基盤になる「良い」「悪い」のような言葉の意味や、道徳の実在性などの前提を整理するメタ倫理学に分類されている。

この中でメタな部分だけを取り上げるのはマニアックな気もするが、倫理や道徳の相違を考えるためには効果的なアプローチになるし、人々の倫理観や道徳観が一致しない以上は相違を考えていく必要が出てくる。つまり、道徳実在論や認知主義といったラベリングを理解したい。

1. 人物本位ではなく分類を中心に置いた教科書

昨年刊行された『メタ倫理学入門: 道徳のそもそもを考える』は、カバーに描かれた謎の生物もあってネット界隈で評判が良く、こういう用途に丁度よさそうなので拝読してみた。期待通りの内容で、記述も平易な、噂どおりの良い教科書である。まとめ的な再整理も多いし、主張(と言うか主義と主義)の相違を図表で整理してくれるので辞書的にも使える。この寸評が、内容を評価しただけの記述的な認知主義に基づくものなのか、暗に他者に購入を薦める言語行為論的な表出主義なのか考え出すぐらいには、理解が進む。

哲学全般に言えることだが、倫理もしくは道徳について学習していくには、個々の哲学者の考えを深く知る人物本位の学説史を学ぶ他に、その相違から学説を分類して倫理学を俯瞰していくアプローチがある。本書は、分類モデルに学説を当てはめていく方法を取るので後者になる。厳密には分類に綺麗に当てはまらない学説もあるようで、脚注に長々と補足が書いてあったりするが、一読する限りは違和感が出てくるところは無かった。哲学徒には大雑把なのかも知れないが、初学者にはある主張とそれに対立する主張を比較し、それぞれの長所と弱点を整理してくれるのは有難い。後書きによると、初学者の理解が進むように、構成には相当気を使ったそうだ。

ところで謎の生物の正体は最後までわからなかった。穴が開いているので名台詞を多く残した某打ち切り連載漫画のアレっぽいが、モズク神なのであろうか*1

2. 意外にメタ倫理学は実践的に使える知識かもしれない

日々の生活でどう振舞うべきのような具体的な指針が出てくるわけではないのだが、他人の言動が何かの倫理や道徳に基づいていると考えるときには、こういう分類学は有効である。この人の道徳観は実在論×認知主義×外在主義だから、人情を考えずにロボットみたいな事を言い出すんや…と他人の考えを簡素化して捉えることができるようになる*2。著者の佐藤岳詩氏は「大地なくして生きていくことができないように、それを避けて生きることができない」(P.13)と、「人は倫理から離れて生きられないのよ by シータ」と言いたいのを押し隠して必要性を訴えていたが、他人を理解する事ができれば他人への適切な接し方も分かるので、ある意味で実践的な側面もあるように思える。なお、バイオハザード世代であるのが滲み出ているのは良いのだが、縦書きの文書で顔文字は無理があった。

3. メタではない教科書を併読すると効果的

もちろん倫理や道徳の前提の一部や構造部分を取り出すだけで、規範とその応用が直ちに出てくるわけではなく、本書を読んだだけで現実の問題に対する解が出てくるわけではない。「倫理学の話」あたりを読んでおくと、相乗効果があって良いと思う。

*1追記(2018/05/31 14:19):説明を見つけた。

*2道徳や倫理の捉え方が人それぞれであるからと言って、異なる道徳や倫理が共存可能だとする道徳相対主義を取るわけではないので悪しからず。

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