2019年5月16日木曜日

『最貧困女子』で学ぶ不細工で知的障害を抱えるデブで粗暴な家出少女たちのセックスワーク

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貧困問題や売買春に関しても上澄みと澱みがあるのだが、澱みが濃い部分については忘れさられがちな面がある。経済学徒であれば合理性、もしくは行動経済学で扱える範疇の一般的な不合理性で説明されないものは説明困難な世界になるし、社会運動家も世間の同情をひけないような事例は隠しがちである。しかし、それが少数とはいえ、澱みの部分を無視していて良いかというとそうではない。そこに切り込んでいく勇者も必要だ。

最貧困女子』はルポライターの鈴木大介氏が多人数にインタビューを重ねて、澱みの部分、つまり不細工で知的障害を抱えるデブで粗暴な家出少女たちの実態を浮き上がらせた本だ。しっかりとした調査デザインで統計をとらないと研究としては認められないようなことを言う人もいるが、まずは鈴木氏のように現象をつかまないとそれも始められないので、こういう貧困女子の振る舞いや心理が分かるインタビューを著作物として世に出すのは、現場から離れたところで社会問題を考える人々への大きな貢献になる。

分かっている人には広く知られた事象であろうが*1、要約され毒が抜けた話だけではない本書が紹介する具体的な事例はやはり衝撃がある。家族に恵まれず、施設にも馴染めないために、家出をして18歳未満でもできる非合法なセックスワークをはじめることぐらいまでは、そういうこともあるのだろうと言う感覚で読めるが、そのような非行少女たちの間でも上澄みと澱みがあって、不細工で知的障害か何かで*2挙動不審の女性の場合は、セックスワークの世界でもうまく渡っていけない(pp.116–118)と言うのは考えたことは無かった。顔が可愛く愛嬌があったりすれば、男をつくるなりお水や性風俗店で稼ぐなり何とかやっていくことができるようになるのだが、知性や容姿という資産も無い少女たちもいるのだ。

極度の貧困は単に所得の問題ではなく、判断能力の欠如から地縁や血縁が維持できなくなったり、公的支援を利用することができなかったりするために生じるという著者の指摘は説得的である(pp.132–135)。最貧困女子とその周辺の人々の心理や利害関係の説明についても、共感はできなくても違和感は無い。この手のルポの真実性は判別がつかないが、騙されてもよいかなとは思う。描写は詳細で貧困女性の周辺の人物へのインタビューもあるし、以前に聞いた若い頃は地方から上京してきて宿がない娘をナンパしていたという男性の話と整合性があるものである。

第5章のpp.179–206に、彼女たちを助けるための施策が提案されている。人によっては道徳的に受け入れられないであろうなとは思うが、彼女たちに接してきたルポライターが彼女たちの実態をよく踏まえた上で提案しているわけで、少なくとも検討には値する。セックスワーカーになってしまった子どもたちが逃げていける公的機関ではないシェルターは予算的に現実的ではない気がするが、公的機関に見えず警察などと連携して保護者のところに連れ戻さないシェルターは彼女らの心理や状況を考えるに機能しそうだし、セックスワークの世界も排除するよりは制御した方が現実的であろう。デマカセしか言わない国連の特別報告者の話を聞いて衝撃を受けてしまったような人は、本書を読む価値はあると思う。

ところで、マイナーな問題だがp.55に母数(parameter)の誤用がある。母数は平均や分散などの確率分布を特徴づける数のことなので、聞き取り件数あたりでお願いしたい。

*1例えば林(2002)には「状況判断の不十分さなどの障害特性に加え、社会や家族からの差別の中で弧独を感じている女性が、男性の優しい態度にだまされ、結果として利用されて借金を背負ったり、性産業から抜けられなくなったり、売春などの犯罪に巻き込まれることもある」と言う記述がある。

*2「売春の中に埋没し続ける家出少女ら…のほとんどが「三つの障害」=精神障害・発達障害・知的障害の当事者か、それを濃厚に感じさせるボーダーライン上にあった」(p.132)とある。

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