2019年9月13日金曜日

無理な理屈を使っても日本統治は悪く言いたい『植民地朝鮮と日本』

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韓国併合後の日本の朝鮮統治について知るための文献としては、木村光彦『日本統治下の朝鮮』と趙景達『植民地朝鮮と日本』をあわせて紹介していることが多い。前者は以前に拝読した*1ので、社会学者など左派の人々が好んでいるらしい後者を確認してみた。マルクス史観どっぷりと言うわけでもないが、意地でも大日本帝国を悪く書かないといけないと言う教条主義に取り付かれた本であった。

日本統治期の良くない社会現象をすべて日本統治が理由と主張することで、奇妙を通り越して滑稽さを感じざるをえない。朝鮮人が新興宗教にはまったのは日本統治の閉塞感のため、朝鮮人が中国人を虐殺した朝鮮排華事件も日本統治の閉塞感と官憲の意図のため(pp.140–142)と説明されているのだが、著者が在日韓国・朝鮮人だと言うことを考えても他責性が強すぎる。また、日本統治期に近代化した結果、世の中よくなったところもあるのだが、すべて否定的に記述しようとして議論に無理が出ている。「苛税に苦しむ民衆」と言う節に、「(税率は)日本の地租改正に比べれば低率であった」と言う記述があるのは御愛嬌。民乱が減ったのは民乱もできないぐらいの圧制であったため…ぐらいはモノは言い様だなと思う程度だが、無理があり過ぎる部分もある。日本統治期の人口増加についての記述を見てみよう。

日本統治期に朝鮮人の人口が増えたのは、栄養状態の改善や保健衛生面の改善によるものではなく、生活不安から将来の社会保障に備えるために子沢山になったためだと主張しているのだが、色々と話がおかしい。一時期のロシアや東欧、そして最近の南欧の数字を見て欲しいのだが、子どもの養育にコストがかかるためか、不況や経済混乱などで生活不安が増すと出生率は低下する傾向があり、話が逆だ。公的年金がない社会では高齢になって働けなくなったときに子供に経済的に支援されるために子沢山になると言う話はある*2のだが、李氏朝鮮の時代に公的年金があって日本統治期に無くなったわけではない。出生率の上昇を理由にしているが、前近代的な社会では乳児・新生児で死亡すると出生が記録されないことがあり、乳児・新生児死亡率の低下が(記録上の)出生率の上昇につながる可能性がある。

日本人と朝鮮人の感染症罹患率の違いから、保健衛生面の改善が朝鮮人に及んでいないと主張しているが、当時、日本から朝鮮へ渡った集団の健康状態や年齢などの特異性などを考慮していない誤謬推理である。病弱な人は海外赴任しないことを考えれば、海外駐在員の全体と現地の人々の全体を比較したら、健康状態に差が出るのは当然で、日本から先進国に駐在しているケースでも同様であろう。日本人と朝鮮人を比較するのではなく、朝鮮人の感染症罹患率の推移を見ればよかったのだが、よい統計資料が無かったのであろうか。統計がなくても記述される積極的な公衆衛生策から考えれば、朝鮮人の伝染病罹患率は大きく下がっていることが期待される。朝鮮人に「種痘などは問答無用で行われる場合があった」(p.138)ことをもって、日本人に比較して朝鮮人の伝染病罹患率が高いことを説明しているのだが、ワクチン接種は問答無用で行う方が伝染病罹患率は下げることができる。

産米増殖計画で、畑を水田に転換することで水利料金により農家の収益性が落ちたと言う指摘がある(pp.82–84)のだが、耕作面積比例の水利料金により農家の収益性が落ちたのであれば、大地主に土地が集約されると言うよりは耕作放棄される耕地が増えるはずだが、そうなっていないので辻褄があわない。日韓歴史共同研究報告書の中の許粹烈「日帝下朝鮮経済の発展と朝鮮人経済」の付表2を見ると、耕地面積は増加している。規模生産性が増した結果、土地の集約化が進んだのでは無いであろうか。また、小作権を手に入れられない貧農が日雇になって、農村過剰労働層を形成したとあるのだが、満州と日本への移民で「労働力が不足するようになった農村の疲弊は一層加速した」(p.211)とあり、農村の労働力が過剰だったのか過少だったのか記述が一貫しない*3

他にも、産業革命に入り経済成長の軌道にのった日本と、それに続く朝鮮と言う観点を無視しようとしているためか、日本人と朝鮮人の賃金格差を日本人と朝鮮人の技能や学歴などを考慮せずに差別だと断定していたり論が荒い。外資系企業でも現地採用よりも駐在員の方が海外赴任手当などで賃金格差をつけているし、同一労働同一賃金が今ほど言われない当時であったら差別的な待遇格差はあったと思うが、朝鮮にいる日本人と朝鮮人一般の属性が同じだという暗黙の前提は受け入れ難い。p.20では日本と朝鮮の教育制度が異なったことを差別としているのだが、p.187の1938年の朝鮮教育令改正で日本と同様の教育制度になったことは差別解消とは書かずに、皇国臣民化の推進と評している。矛盾ではないのだが、評価基準が一貫していない。

解釈のみならず、史実の認定も恣意的か偶然かは分からないが、日本統治期を絶対に悪く言うマンの所業になっている。鳳梧洞の戦いの結末、大韓民国臨時政府の宣伝そのまんまになっている。「植民地下では、(歴史的に戸籍から排除されていた)白丁は戸籍に「屠漢」として登録され、差別はかえって強まっていった」(p.90)とあるが、李氏朝鮮/大韓帝国のときにも屠漢戸籍はあった。慰安婦として処女を徴集した云々と書いてある(p.209)のだが、朝鮮半島では強制的に女性を集めた事象は確認されていないので表現に問題があるし、遊女が慰安婦になったケースや、同じ人が複数回、慰安婦として南方に行ったケースもあるので、処女を集めたと言う話も信憑性は無いが採用している。創氏改名で先祖伝来の朝鮮風の姓の受理は拒否されたとある(pp.191–192)のだが、これは官報を読み間違った研究者の勘違いであった気が。悪逆非道な大日本帝国と書きたいのは分かるのだが、虚実織り交ぜて書くと本当にダメだったところまで捏造に思う人が出てくるので、慎重かつ保守的な記述をして頂きたい。

こういうわけで何をどこまで信じてよいのやらと言う感じの本なのだが、土葬や巫覡の禁止、儒教的民本主義に沿わない政治機構など、近代化政策によって生じた摩擦が大日本帝国の圧制と見なされていること、当時の日本人の朝鮮人蔑視がひどく恨みを買っていそうなこと、朝鮮の反体制派がどういう思想でどういう活動を行っていたかの記述などは、韓国併合後の日本の朝鮮統治に興味がある人は一読する価値はあると思う。少なくともネット界隈の親韓左派がどういう情報に基づいてあれこれ言っているのかは、想像がつくようになる。「植民地主義の本質とは…「近代化」の美名のもとに多様になされる収奪・差別・抑圧と、それを担保する暴力の体系性にこそある」(p.241)などと言われると、マルクス史観だなぁ・・・とは思うが。

*1関連記事:統計からイデオロギーありきの歴史観を批判する「日本統治下の朝鮮」

*2関連記事:Poor Economics - 貧困層の生活行動

*3医療や衛生、栄養状態の改善によって人口が増加し、それによって農村部で潜在的失業者が増加したため、農村部から都市部や日本など国外へ労働者が流出したと言うのが自然で一貫した解釈に思えるのだが、著者には肯定的すぎる評価に思えるようだ。

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