2019年8月29日木曜日

偉い人にぜひ読んで欲しい『測りすぎ—なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』

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人事にしろ投資にしろパフォーマンスは評価せざるをえないし、客観的に見える測定基準の指標に頼ってしまうのが世の常だ。しかし、往々にして指標をつくるためには時間も労力がかかるし、指標を報酬や罰則に連動させると評価される方は組織の目標と乖離した結果になっても指標にあわせて行動を最適化しだす傾向がある。

測りすぎ—なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』は、経済学者でもなく社会学者でもなく何故か歴史家がこういうあるある失敗メカニズムについてまとめて総括した本になる。売り文句通り、パフォーマンス評価の基準をつくる経営者や管理職、行政の偉い人々は一読する価値があると言うか、3回ぐらい読み返して欲しい。

本書は、測定の誤った運用になるパフォーマンス評価がなぜ横行しだしたのか、それがどのような理屈でどのような弊害を引き起こすのか、実際にどのような弊害が生じたのかを説いた上で、測定基準の導入で失敗しないように具体的なアドバイスを提案している。

歴史家らしく、不適切な測定基準が横行する現状までの経緯もしっかり説明されている。組織が複雑化し、管理職の流動性が増し現場の事情が分からない監督官庁・出資者・経営者・管理職が増えるにつれ、数値・指標に頼ったパフォーマンス評価が行われ、それが人事や組織への信賞必罰や社会的評価に使われるようになり、これらは著者が測定することが、ただちに改善につながると言う信念、測定執着と呼ぶミーム*1にまで昇華した。レーティングをしてそれを公開すれば、競争がはじまって世の中がよくなると考えている偉い人々が、アメリカには多いらしい。

ところがこのミーム、社会にとって有害なことが多々ある。人間は自己の評価基準に応じて行動を変えるので、パフォーマンス評価の測定基準と組織の目的が合致していないと、思わぬ弊害を生むことがある。手術成功率を評価基準にすれば、外科医は難手術を拒絶するようになる。患者のためにならない。犯罪発生率を評価基準にすれば、警察は窃盗を遺失物にカウントしだす。治安向上に貢献しない。キャンベルの法則やグッドハートの法則と呼ばれる現象だ*2。組織の目的に合致した測定基準を採用すればよいのだが、アウトプットを評価すべきところでインプットを見てしまうなど、往々にして測りやすい測定基準が採用される。問題が起きればサーベンス・オクスリー法のようにズルを防ぐための厳密なルールが導入されるが、今度は数値・指標をつくるための労力やコストが跳ね上がり、経営陣が研究開発など本来の任務に費やす気力を削ぐことになってしまう。測りすぎと言うか、失敗メカニズムデザイン。

本書は数値・指標を参照するなと主張しているわけではないが、パフォーマンス評価が有害になりえることを繰り返し指摘し、特に外部からの信賞必罰に連動させてうまくいく状況は限られ、むしろ組織内部で済む工程改善などに使う方が望ましいことが多いことが強調される。どちらかと言うと経済学よりなので、そこを何とか上手く測るんだよ!賢いメカニズムデザインをするんだよ!と言う気持ちも沸いてくるが、実際に失敗事例には事欠かないわけだし、傾聴に値する議論である。著者はアメリカでも大学改革のパフォーマンス評価に追い回された経験があるせいか、単に測定基準の弊害を説くだけでは飽き足らず、世の中みんなに正しく運用してもらいたいようだ。最後に測定基準を用いるべき状況についてチェックリストを作成し、失敗しないようによく測定基準の導入を検討するように提案してある。

本書の主張自体はそう込み入ったものではないし、議論されている問題意識自体は似たようなものがあちこちで言及されているわけだが、こういう風にきっちり書かれていると紹介しやすいので有り難い。学術書らしい学術書と言うわけでもないのだが、最初に議論の全体像が提示され、問題と背景となる歴史的経緯と理論的な主張を明らかにした後に、ケーススタディを積み重ねた上で結論をまとめ、さらに政策的含意が提示される全体がひとつの論文になっていて、読み物として規範的な構成になっている。経済学に関する言及なども、教科書的なものを超えたところにも参照があったり、著者の博覧強記ぶりが伝わってくる一方、ページ数も本文180ページと読みきりやすい分量だ。そう、薄い本の割にはお値段高めなのが気になる。邦訳あるあるなのだが、英語版の"The Tyranny of Metrics"は2000円ぐらいなのだが…偉い人向けだから、お値段高めでもいいのか。まぁ、ともかく、邦訳を出してくれてみすず書房さんありがとう。

*1言語や音楽のような文化や思考道具で、他のミームと競合しつつ徐々に形態を変化させながら人から人へ広まっていくソフトウェアのことを指す(関連記事:人工知能好き、SF好きは読むしかない「心の進化を解明する」

*2害獣を駆除するために害獣を買い取る制度をつくったら、害獣を養殖して持ち込む人が出てきたような寓話を聞いたことがある人は多いであろう。

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