2025年4月20日日曜日

安土桃山時代に日本にいた黒人の英雄化は、DEIともポリコレともウォークとも関係ないよ

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弥助は安土桃山時代に日本にいた黒人で、宣教師の従者もしくは奴隷から織田信長の郎党になった人物だ。史料は乏しく、詳しいことはほとんど分かっていない。

1990年代からNHK大河ドラマやマンガなどのキャラクターとして登場することがあり、歴史ファンには地味に人気だ。2010年頃から欧米での知名度もあがり、2019年にはロックリー本でデタラメに紹介された*1

その結果、国外で熱心な弥助ファンが登場し、弥助は英雄的な働きをした侍だと信じており、(具体例を確認できていないのだが)そうではないと否定されると黒人蔑視だと罵ってくるそうだ。弥助ファンの暴走。

弥助ファンの暴走から、ポリコレ批判、DEI批判につなげている日本人が出てきた。産経新聞の記者コラム*2でもそのような議論がされているそうだ。しかし、弥助論争からのポリコレ批判、DEI批判は頓珍漢だ。弥助をどう描くかは、DEIともポリコレともウォーキズムとも関係ないからだ。

DEIは女性や障害者や少数民族などの被差別集団に就業機会などを設けましょうと言うもので、歴史の議論には関係ない。ポリコレは社会的集団に対する侮蔑的な表現を避けることで*3、歴史考証には関係ない。ウォーキズムは歴史考証に影響を与えるが、近世日本の黒人は被差別民ではないので、弥助を活躍させても黒人の社会的地位の見直しにならない*4。暴走した弥助ファンがポリコレ違反を言い出したとしても、支離滅裂な暴言に過ぎない。

この議論、どちらかと言うと侍にアイデンティティを見出している日本人がいて、彼らが神経質過ぎるだけに思える。彼らは、ロックリー本だけではなく、ゲーム中の描写も批判している*5し、嘘をついてでも弥助が侍であったことを否定するか、その可能性を小さく見せようと努力している*6。文化盗用(cultural appropriation)*7と言う非難の他、黒人の救世主*8や侍の黒人化*9だと言いたそうな非難も見かけ、侍に日本人のアイデンティティを見出していることが分かる。ポリコレやウォーキズムの影響力も過大評価している*10ようだ。

ロックリー本を批判している歴史学者*11

Some of the criticism directed at Lockley’s presentation of Yasuke appears rooted in anti-Black racism, reflecting a desire to deny or downplay the notion that a Black man could have played a role in Japanese history(拙訳:ロックリーが描く弥助に向けられた幾つかの批判は、黒人男性が日本の歴史において役割を果たしたこともありえると言う考えを否定もしくは軽視したい願望を反映した、反黒人の人種差別に根差したものと思われる).

と指摘している*12

史実では弥助は英雄とは言えず、弥助に言及する史料は乏しく侍であったかは確実ではないと言う事実を広めるのは歴史談義としてよいと思うのだが、嘘をついてでも弥助侍説を否定し、弥助侍説を唱えている人々の脅威を誇張するのは正常とは言いがたい。

*1関連記事:アメリカの歴史学者によるロックリー本の書評

*2黒人「弥助」英雄説は行き過ぎたDEI 歴史的虚偽を広める人物は第二の吉田清治氏だ  記者の「暴論」 高橋寛次 - 産経ニュース

*3日本人役を白人が滑稽に演じた実写映画が日本人に対して侮蔑的だと非難を浴びるようなことはあるが、歴史劇で特定民族がいないことが問題になったりはしない。『アサシン クリード シャドウズ』に弥助が登場したのはポリコレだと言う主張があるが、黒人も白人もいない『Ghost of Tsushima』が問題になったりはしていない。

*4西部劇で開拓民ではなくてネイティブ・アメリカンを主人公にすれば、劇中の善悪を従来と入れ替えると言う意味でウォーキズムになる。

*5史実を問題にしていると主張しているが、同じく空想上の存在である女性の忍者くのいちもアサシン教団は気にされていない。

*6歴史学者の侍とも言えるし、侍でないとも言えないというような説明の一部分を切り取るなどして、歪曲して紹介している。

*7支配的地位にある白人が、抑圧されたマイノリティの文化をその本来の、例えば宗教的な意味を無視して模倣する事を指す用語。

*8"The Last Samurai"のような白人の救世主(white savior)の黒人版に思えるようだ。

*9黒人の血をひいていなければ侍ではないと言う主張があると言う指摘があるのだが、真面目に捉えるべきとは思えない。ギリシャ系のプトレマイオス朝の女王クレオパトラの黒人説の方は、創作物で採用されたこともあるアイディアだが、それで白人説の蓋然性が高いと反論したらポリコレ違反でキャンセルカルチャーを受けたような報道はなく、黒人説が有力になったわけでもない。

*10弥助侍説を否定しようとしている人々は、歴史学者はポリコレ違反だという批判を恐れて弥助に言及できないと言うが、少なくとも在米の歴史研究者2名はロックリー本を批判している。また、日韓の歴史認識問題のようになると危惧を煽るが、「被害者」が名乗り出て国家賠償を求めてきた徴用工や慰安婦の問題とは状況が異なるし、国是として日本統治を批判してきた韓国にも関係がない。そもそもポリコレ違反だと言う批判で謝罪訂正が起きる場合もあるが、無視されてそのままになっていることも多い。まったく意にかいさない今のトランプ政権を見れば意外ではないと思うが。

*11We Need To Talk About Yasuke: Fact, Fiction, and History with the ‘African Samurai’ Part 2 | by ACMRS Arizona | The Sundial (ACMRS) | Medium

*12We Need to Talk About Yasuke: Fact, Fiction, and History with the ‘African Samurai’ Part 1 | The Sundial (ACMRS)

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