2022年7月7日木曜日

第1次世界大戦中のドイツの飢餓「カブラの冬」は、低い食料自給率で起きたわけではない

このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

第1次世界大戦でドイツが飢餓に陥り、英国が食料確保に苦しんだことから、「第二次大戦後、ヨーロッパの国々は…作っても儲からない、安くて仕方ない小麦などの穀物をワンサカ作るようになった。」と言う話が枕になっている、「先進国の安い穀物が飢餓の素地をつくる」と言うエントリーが流れていた。誤った情報からおかしな議論が展開されている気がするので、気になったところを指摘していきたい。

1. 第1次世界大戦前のドイツも穀物生産を頑張っていた

第1次世界大戦前にイギリスの食料自給率は今の半分ぐらいであったが、ドイツやフランスは低いわけではなかった。飢餓に陥ったドイツは食料の2割から3割を輸入していたというが、これはパンの原料がライ麦から小麦に転換し、肉や乳製品などのための飼料にライ麦(と輸入飼料)を使っていたためであって、ライ麦の生産自体がされなくなったわけではない。カブラの冬の前のドイツは穀類の生産はかなり行なっていた。また、現在はカロリーベースの食料自給率が9割弱であり、人口増加にあわせて穀類の生産量自体は増加しているが、率で見ると大きな変化があったとは無い。

2.「カブラの冬」が起きた理由

「カブラの冬」が生じた理由は複合的だ。戦争で貿易が困難になったのも理由の一つだが、Wikipediaを見ても"Poor autumn weather led to an equally poor potato harvest and much of the produce that was shipped to German cities rotted(秋の悪天候が同様のじゃがいもの収穫不良をもたらし、ドイツの都市に出荷された生産物の多くが腐っていた)","Germany's massive military recruitment played a direct role in this, as all areas of the economy suffered from lack of manpower, including agriculture(拙訳:農業部門を含む経済の全領域のが人手不足に苦しむ中、ドイツの膨大な軍事徴用がこれに直接的な役割を果たした)"と言うような説明がある。戦争は食料輸入に影響すると同時に、農業生産にも影響を与える。

3. 先進国の補助金の影響

先進国の補助金によって穀物の価格が安くなり、それでアフリカ人を価格変動の大きなプランテーション作物の栽培に集中させ、アフリカでの穀物の生産を阻害していると主張されるのだが、作物価格に対する先進国の補助金の影響は言うほど大きくは無い。アメリカの2013年から2021年の場合、農家の農業収入の5%未満である*1。ざっくり5%ぐらい価格を引き下げている可能性はあるが、アフリカで穀物の生産が困難になると言うほどでもない。アフリカも50年間で4倍ぐらいは穀類の生産量を増加させてきている。主要作物のキャッサバはアフリカ域外からの輸入ではないし、米は先進国からの輸入ではない。開発途上国であった頃のマレーシアもインドネシアもプランテーション作物とは別に稲作をしていた。

4. コーヒー危機と飢餓

著者は1992年と2002年あたりが価格の底になる2度のコーヒー危機でプランテーション労働者の生活が困窮したことを念頭に主張を組み立てていると思うが、例外的な事例だし、飢餓輸出を考えれば食料自給率が高かったら困窮した元プランテーション労働者が飢えることが無かったかは分からない。国際市場の穀物価格が高ければ、国内が飢えていても穀物を輸出することは、歴史上、そこそこある。なお、コーヒーに懲りて他の作物に転作したところもあるようで、コーヒー価格の変動についていけない所は離脱したようだ。

5. アフリカで飢餓が生じる理由

アフリカで飢餓がおきやすい理由は、穀類の生産がされなくなったと言うよりは、人口増に農業に限らず総合的な生産力が追いついていないのが主な理由だ。政情不安定で農業に投資が十分にできていない面もある。特にサブサハラアフリカでは灌漑などの資本投資が不十分なことが指摘されている。

6. 食料自給率が食料安全保障を高めるとは限らない

著者は「ややこしい構造が、食料安全保障にはある」と言いつつも、食料自給率が食料安全保障を高めるという素朴な前提で話を展開している。しかし、歴史的にはそんな事はない。食料自給率が高くても飢餓に陥るケースは多々ある。ジャガイモ生産のおかげで食料自給率が高かったアイルランドが、ジャガイモ疫病による大飢饉で100万人以上の死者と大量の人口流出を招き、そこからまだ人口が回復していない話は有名だ。農業生産の投入物を見ても、食料自給率が食料安全保障を高められるとは限らないことが分かる。日本の場合は三大肥料の原料を全面的に輸入に頼っているので、仮に穀類の自給率が高くても輸入が止まれば飢餓に陥る。外交的に信頼のおけない国から輸入していると嫌がらせで輸出を止められたりする可能性はあるが、食料自給率を高めるよりは多角的な輸入先を持つようにした方が現実的。

0 コメント:

コメントを投稿