2017年1月29日日曜日

文化財の返還問題に垣間見える韓国人のエスニシティ

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韓国の大田地裁が韓国政府に銅造観世音菩薩坐像を韓国の浮石寺に引き渡すように命令した事から、ネット界隈では韓国司法への批判が再燃している。日本の関係者にとっては迷惑なのだが、世論に司法判断が左右される韓国の国民情緒法の代表例になっているのは確かで、韓国人と言うエスニシティを考える上では参考になる事例かも知れない。

韓国世論は、 神功皇后の三韓征伐(年代不明)*1、倭寇(13~16世紀)、豊臣秀吉の文禄・慶長の役(16世紀末)、日本統治時代(1910年~1945年)に、朝鮮半島から日本に渡った古物は強奪されたものなので、不法に韓国に戻ってきても日本に引き渡さなくて良いと考えているようだ。銅造観世音菩薩坐像に限らず、高麗版大般若経や絹本著色観経曼荼羅が、日本側の返還要求に関わらず韓国政府はそれに応じようとしていない。

大半の日本人は困惑すると思う。近代国家成立以前の事象に現在の法律を当てはめるのは無理があるし、大半の物品は渡来した記録も残っていないので譲渡された可能性も少なくない。そして、日韓請求権協定で1947年8月15日以前のあらゆる請求権は消失しているので、歴史的に日本が朝鮮半島より強奪した物品だとしても、返還すべき理由は無くなっている。そして文化財不法輸出入等禁止条約に照らせば、韓国に所有権があったとしても外交ルートを通じて返還を要求すべきであって、窃盗事件の結果として取り戻す事は許されない。

韓国人は日本から軍事的に圧迫され、収奪されて来たと言う被害者意識が強い*2。歴史教科書を確認すると、文禄・慶長の役は朝鮮戦争よりも多くのページ数が割かれていたりするぐらい被害者意識が強くある。13世紀から19世紀末までは、元、明、清の中国の歴代王朝の属国であった事には触れていないのとは、対照的だ。竹島*3や慰安婦問題での盛り上がりからも考えて、もはや日本に圧迫されていると言う被害者意識こそが韓国人のエスニシティを形成していると言って過言ではないであろう。

この被害者意識が、儒教社会のメンタリティと組み合わさると、程度と言うものを知らなくなる。孔子が罪刑法定主義を批判したせいか、韓国の儒教的な価値観では超法規的な措置に抵抗が薄い。これにより相場観が無いためか、セウォル号事件で問題になっていたが、韓国では被害者と見なされる人々が要求を過剰にしがちな傾向がある。当然、歴史的な被害者たる朝鮮民族が日本に対して超法規的な要求をしても構わないという国民情緒が生じ、これが司法や行政に強く働きかけている。もちろん今に始まった事ではなく、1995年に盗難にあった高麗版大般若経が韓国の国宝284号に指定されたと言う疑惑の調査に、韓国政府は応じていない。

*1三韓征伐は確認された歴史的事件とは言い難く、韓国では特に疑われていると理解しているのだが、金文吉釜山外国語大学名誉教授が銅造如来立像が「神功皇后が新羅を戦伐した時に持って来た」と言う対馬峰町教育委員会の歴史民俗資料館史料を参照していた。

*2日本統治が収奪的では無かったと言う指摘はよくされているが、植民地支配から独立した韓国政府が日本統治時代を悪く言って来たせいか、一般知識が更新されているわけでは無いようだ。

*3韓国では竹島から日本の朝鮮半島侵略がはじまったとされ、竹島を日本から「奪還した」ことが日本支配の克服の象徴に取られるそうだ。

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