女子枠批判界隈からNaka et al. (2026)が、ジェンダー学者が粗雑な研究をして女性限定公募を正当化しようとしていると多くの人々から非難されていた。しかし、この認識は誤りであるし、他の非難の多くも頓珍漢なものだ。
Naka et al. (2026)は、東京大学の物理学者に対する半構造化*1インタビューを仮説形成テーマ分析(abductive thematic analysis)*2にかけた質的研究だ。最後のディスカッションの節を読むと、女性限定公募に懐疑的な見解を示し、その代替となるジェンダー平等推進策を提案している。
分析手法を非難する声が多かったが、目立った粗はない。質的研究は現実世界の詳細な記述から仮説生成をすることを目的とする(今福 (2021))*3。母集団推定を行うものではないので、ランダム化サンプリングを行う必要はないし、サンプルサイズが大きい必要もない。問題に関係があって詳しい人の話を聞けているか否かが重要だ。スノーボールサンプリングと言って、インタビューイにより詳しい人を紹介してもらうようなことも行われる。
ジェンダー平等に関心がない男性研究者へのインタビューがない事の指摘があったが、追加しても女性限定公募に懐疑的な議論が変わるとは思えない。論文にも言及がある通り、これから研究職に就く人々なども調査対象に含める方が望ましいが、これも最後の議論を大きく変えるとは思えない。当事者にどのような問題意識があるか網羅できているかがポイントで、その分布を推定しているわけではないからだ。
サンプルサイズが少数の質的研究に意義はないと言い出す人々もいるのだが、サンプリングがどうあるかは研究目的に依存して定まるものだ。医学の臨床報告、生物学では生体採取しての観察・分析・標本作成やカメラトラップ調査は、無作為ではないサンプルサイズ小の研究だ。昆虫採集は研究ではないという人もいたが、先日もそれで捕獲した一匹の蝶が北海道では絶滅したとされていたダイミョウセセリであったという論文が、学術雑誌に掲載されたと報道があった。
量的研究があれば、質的研究は不要のような主張もあった。質的研究は事象の発見という意味でそのまま重要な知見になるし、量的研究ではフォローできない細部を掴める。量的研究で先行研究として参照することも*4、調査の企画や設計の参考にすることも、結果の解釈の参考にすることもできる。よく知らない事柄に関するアンケート調査の回答の選択肢をつくることを想像して欲しい。無情報では頓珍漢なことになりがちだ*5。質的研究を直接参考にすることになるかは分からない*6が、事前の情報は多い方が望ましい。
質的調査から得られる分析では言えない政策提言をしていると言う指摘もあった。私が読む限りNaka et al. (2026)は、女性限定公募がジェンダー平等実現に機能していないと認識されており、研究者によってジェンダー平等への支持の程度にばらつきがある一方、研究者によらず能力主義は支持されているという分析結果から、女性限定公募に懐疑的な見解を提示しているのであり、分析結果から大きく逸脱した政策提言をしているわけではない。
男性の利益を代弁していないと言いたそうな非難があったが、自分(や共感できる誰か)の利益を代弁しない論文が悪い論文と言うわけではない。Naka et al. (2026)の研究手法ではあくまで調査対象の見解に基づく議論にならざるをえず、能力主義に基づく批判にとどまるのは当然だ。帰結におけるジェンダー平等の推進を前提としているのがケシカランと言いたそうな非難もあり、このそもそも論は重要な観点ではあるが、政府方針は既にそうなっている。その正当性を議論するのは、この論文の射程を超える。当事者の考えしか考慮していないために規範的判断の正当性に疑念はあるが、この分析に基づき(Based on the analysis)とあるし、当事者の考えから…と前提条件つきの議論として受け止められる。
明らかに能力主義に反する不平等な施策はやめようと言うのが論文の提言だが、女性限定公募の代替になりうる具体的な施策として、①ワークライフバランスの改善、②採用担当者に偏見が無いかテスト(IAT)して補正する施策、③最終選考に女子枠をつくる(がそこからの採用は公平に行う)ような制度を紹介している。まぁ、研究者プール(女子大学院生)の増加も当然必要のように書いているので、女子枠批判界隈には引っかかるかも知れないが、論文の内容自体は大いに参考になるはずだ。
同士討ちのような無理筋非難はやめよう。ジェンダー学者の/Twitter放言を否定するのに、質的研究は有用なことも多い。質的研究を牽強付会しているジェンダー学者もいるかも知れないが、研究内容を確認すればジェンダー学者の主張の問題点に気づける。質的研究の論文には、ややこしい数式もテクニカルな計量手法も出てこないことが多く、分野外からと言って読めないと言うこともない。また根拠としたインタビューイの発言はそのまま提示されていることも多く、参考になる。不適切な手法を用いてしまった量的研究を参照される方が、批判するのは厄介だ*7。
*1事前に質問は用意するが、それに縛られず聞き取りを行う質的研究の方法。対面アンケートとは似ているが重点が異なる。
*2大項目と小項目にテーマを分けて議論していく手法で、2010年代頃から流行っているようだ。従来の質的分析は職人芸的な面があったのだが、ここ何十年かでフォーマライズされて来ており、インタビューの方もコツが教科書化されてきている。
*3質的研究として実施する場合は仮説形成を目的とするわけだが、体験談のような文も質的研究にカテゴライズする場合は、仮説形成に役立つぐらいに捉えて欲しい。なお、非構造化インタビューは体験談と差異はない。
*4自分と異なる手法で同じ問題に取り組んでいる先行研究は、有り難いものだ。
*5あなたは職業プログラマーがプログラミング言語を選ぶ時に重視すると思われる要素を、上手くリストできるであろうか。プログラマーであれば凡そ想像がつくが、そうでない人は実行速度や(具体性のない)機能ぐらいしか思いつかないものだ。しかし先行研究でプログラマーに対するインタビューがありこの質問をしていれば、まったくプログラミングをしたことが無い人でもしっかり選択項目をつくることができる。
*6質的研究を参照した概説記事などを参考にするような場合が多いと思われる。
*7統計解析の不備や手法の限界を説明する、教科書発言マンにならないといけないので、話が長くなる。

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