2020年7月21日火曜日

ジェンダー社会学者が体現する、社会圧が無くなったら女性は化粧をしなくなるのか、それともやはりするのか問題

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カネボウ化粧品の新しいCMが、ネット界隈の一部のフェミニストに非難されている。一部と言うか、社会学者の千田有紀氏*1。曰く、「生きるために、化粧をする。」と言うキャッチコピーが気に入らないそうだ。社会が女性に化粧を強いていると言う発想があるようだが、話はそう簡単でもない。

2020年7月20日月曜日

歌舞伎町の2ホップ先にすぐ死んでしまう高リスク群はいる

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「夜の街」のPCR検査をクローラー的に実施しているせいか、毎日の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)新規陽性者数が飛躍的に増加し、そのほとんどが無症者や軽症者という事態が一月半ほど続いている。検査方針の変更で大きく陽性者数が4月よりもかさ上げされているのは間違いなく、統計の見た目ほどは感染は広まっていない。しかし、1ヶ月も経てばPCR検査で陰性になる事を考えると、感染者のほとんどはゴールデンウィーク後に感染しており、感染が拡大しているのは事実だ。

2020年7月19日日曜日

青識亜論さんの『正しい「シーライオニング」のススメ』は発生論の誤謬だから

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その論法が、論点から遠い初歩的な質問を繰り返すことで議論を脱線させたり、相手を疲弊させることで議論を中断に追い込む詭弁であるシーライオニングではないかと指摘されたネット論客の青識亜論氏が、「正しい「シーライオニング」のススメ」と言う反論を書いているのだが、誤謬推理になっている。青識亜論氏にはツイートで示唆したつもりだが、批判者も気づいていないと言うか騙されてしまっているので、改めて指摘したい。

2020年7月15日水曜日

ネット論客の十八番とされる #シーライオニング とどう付き合うべきか?

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ある表現の自由戦士のネット論客の駆使する論法がシーライオニングではないかと言う指摘があって、質問をしないで黙って主張を受け入れろという意味かと批判されている。シーライオニングは論点から遠い初歩的な質問を繰り返すことで議論を脱線させたり、相手を疲弊させることで議論を中断に追い込む詭弁*1で、ネット界隈では外形的にそうなってしまっているものがよく見られる。

2020年7月10日金曜日

ポリコレ棒で叩かれているピンカーさんの議論について

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アメリカの著名心理学者スティーブン・ピンカーが、事実を不正確に述べることで人種差別問題を矮小化したツイートを頻繁に行っており、アメリカ言語学会(LSA)のフェローなどにふさわしくないので除名しろと言う要望書が代人数の署名をつけてLSAに出され*1、要望書はピンカーのツイートを曲解していると言う反論*2や、このようなキャンセル・カルチャーは自由な言論活動を萎縮させることになる批判*3も出てきて賑やかなことになっている。

2020年7月2日木曜日

東京都の感染者数の拡大は、今のところは検査方針の変更が理由

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6月に入ってからの一ヶ月間、東京都の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染者数が緩やかに上昇してきている。3月下旬から4月上旬までのペースと比較すると緩やかだが、直近2週間の数字で基本再生産数R₀の推定を行うと1.793となる*1ので、表面的な数字は深刻だ。しかし、またロックダウンなど強力な規制が必要かと言うと、そうともまだ言えない。

2020年7月1日水曜日

社会学者の卵の中村香住さんのエッセイに対する青識亜論さんのツッコミに関して

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社会学者の卵の中村香住氏の「「オタク」であり「フェミニスト」でもある私が、日々感じている葛藤」と言うエッセイに対して、ネット論客の青識亜論氏が「オタクコンテンツにエシカル消費はいらない」と言う批判を加えているのだが、青識亜論氏の議論に今後を考えると小さくない問題があるので指摘しておきたい。(1)性的モノ化(sexual objectification)の議論、フェミニスト倫理学者ヌスバウムのものと乖離している。また、(2)メディアが自分や他者の行動変容をもたらしうると危惧されていることや、他者の内面のあり方も道徳的に問題になりうることを忘れている。