2019年12月15日日曜日

ジェンダー社会学者が適切に用語を選んでくれないので話が分からなくなる問題

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大学教員だからと言って専門用語を適切に扱うとは限らない。

京都女子大学の江口聰氏が指摘していて、そのうちブログのエントリーでまとめてくれると信じているのだが*1、どうもジェンダー社会学者の小宮友根氏の「表象」の使い方が誤っている。私もつられて間違っていたのだが*2、他にも同じような人がいそうなので、反省して状況を整理したい。

小宮友根氏は『世界』と『現代ビジネス』への寄稿*3において、「表象」を「表現物」の意味で用いているのだが、哲学用語の「表象」とは意味が異なる。絵や写真といった自分の外部にある表現物を観た人が、知覚や記憶などで内的に持つイメージを表象と言う*4。小宮氏が問題視する文化的・社会的記号コードが埋め込まれているのは表現物であって、表象ではない。「性的な女性表象」は「性的魅力を強調して女性が描かれた表現物」の方が適切。

この「表象」と言う用語、英語と日本語の対応関係が一対一ではないので、勘違いしやすいのかも知れない。小宮氏が参照しているイートン論文*5ではrepresentationと言う単語が使われているのだが、美術の文脈では表現、哲学の文脈では表象になる。イートン論文は性的モノ化された女性が描かれた絵画の議論をしているので表現の方を議論している。小宮氏の議論は独自の拡張部分があるとは言えイートン論文を土台にしているので、こちらの面から考えても「表象」は表現物に置換した方がよい。

「みんなこの文章読めてるの?」と言う愚痴が聞こえてくる現状だが、現代思想に影響を受けた社会学者の作文は、用語の扱いが乱雑で厳密に読もうとすると主張を捉えるのが困難なことが多く、一般向けの文章ですら、ざっと読んで著者の主張を仮定した上で行間を補完・表現を補正し、致命的な矛盾が出なければ仮定した著者の主張を文意として採用、おかしい場合は仮定する著者の主張を変更してやり直し…と言う読解方法を取らざるを得ない。以前も「市民的公共性」の使い方がおかしいと言う話が以前あった*6。「パフォーマティブ」の乱用に至っては世界的のようだ。社会学一般をみても、「マイノリティ」を権力を持たない被差別集団の意味として使っていて混乱を招いている*7

専門的な用語を定義して使わないとどうしても議論がまとまらないか冗長になりすぎることも多いのだが、誤った意味で用語が利用されていたら議論に混乱が生じる。色々と持ち出す用語の理解が浅すぎて、常習的に議論全体が妙なことになっている人もいる。ネット界隈の社会学者の一般向けの話を見ていると、細部が全体に影響するような議論はしていないことが多いので、なるべく平易な記述を心がけて欲しい。ネット界隈での表現の是非に関する話題において社会学者が炎上することは少なくないのだが、その予防にもなるはずだ*8

*1「表象」以外にも適切な表現に思えない箇所はある。

追記(2019/12/20 12:15):小宮氏の文の中で使われている「表象」「客体化」「悪さ」「コード」「理解(1)(2)」「意味づける」について、疑問が提示された。

*2他人に責任をなすりつける卑怯な物言いである。なお、ブログでは証拠隠滅した。

*3関連記事:ジェンダー社会学者によって「お気持ちフェミニスト」が適切な表現であることを示される過去のフェミニズムの議論からは、性的モノ化された萌え絵が有害の可能性は低い

*4厳密には間違っている気がするので、今後、表象と言う用語を使いたい人は、自分で調査確認して欲しい。

*5Eaton (2012) "What's Wrong with the (Female) Nude?" In Maes and Levinson "Art and Pornography: Philosophical Essays," Oxford University Press

*6ハバーマスの「市民的公共性」はそのままでは現代にそぐわないし批判の多い取り扱い注意の概念だよというお話 - 頭の上にミカンをのせる

*7関連記事:マイノリティの社会学用語としての意味なんて知ったこっちゃない

*8関連記事:ネットで心が折れないための10の作文技法

1 コメント:

Unknown さんのコメント...

「表象」という語の正しい使い方を決めるのは、たぶん無理でしょう。その理由は、「表象」は、表象/対象という二元性の一項でもあると同時に、それ自体が「現象」すなわちハイデガーの言う「sich zeigendes=自己を示すもの」でもあるので、この両義性はどこまでも残ると思います。

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