2017年7月26日水曜日

完全失業率の上昇は、内閣支持率を低下させるか?

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産経新聞の『【田村秀男の日曜経済講座】内閣支持率は失業率次第 警戒すべきは緊縮財政勢力』なる記事で、内閣支持率の前年同期からの差分が完全失業率によって決定されるような主張がされていた。低い失業率を維持したら内閣支持率がいつか100%を超える事になってしまうので、明らかに不適切な統計処理を行なっているわけだが、好景気・高雇用ならば内閣支持率が高くなり、選挙で与党が有利であるのはよく耳にする風聞である。この法則に、どの程度の根拠があるのであろうか。計量的に検証してみよう。

1. データセット

データセットが揃えやすい小渕政権誕生の1998年8月から2017年5月までとした。内閣支持率は「NHK 政治意識月例調査」の数字を、完全失業率は総務省の「労働力調査」の数字を用いた。どちらも基本的に月次データであるが、内閣支持率は欠損月が菅内閣時に一箇所、緊急世論調査による重複月が二箇所ある。

2. 分析手法

時系列データではあるが、内閣支持率が ADF 検定で単位根が有意に棄却される事を確認した*1ので、多値ロジスティック回帰を用いた。また、後述するがAR(1)で頑強性も確認している。線形モデルで無いのは、支持率はマイナスになることも、100%を超えることも無いためである。データは支持する、支持しない、無回答の3値ではなく、それらの比率になるため、オッズを使って一般線形回帰(OLS)で推定を行なう事にする。

3値以上の多値選択モデルを概説しておこう。選択肢の数をJ、選択肢mの累積密度関数pmは、

(1)

となる。xは説明変数のベクトル、βはそれらの係数のベクトルである。

特にオッズの分母になる選択肢 0 の累積密度関数p0は、その他の選択肢になる確率を1から引いたものになるので、

である。このとき推定するオッズは、

となる。この式の対数をとり誤差項εをつけると、推定するモデルとなる。

本稿では選択肢の数Jは3であり、推定した式は2本である。なお、この推定式はオッズへの回帰式になるため、内閣支持率の予測値を出す場合は、推定されたβmと式(1)を用いて計算を行う。

3. 説明変数

説明変数としては、完全失業率の他、新内閣誕生時は支持率が高く出る傾向があるので、在任8ヶ月を上限として継続月数(Incumbency)を、さらに内閣総理大臣の個性による支持率の影響を制御するために、内閣ダミーを加えた。Incumbencyの上限は、残差平方和が最小になる値を採用した。また、内閣ダミーは9変数であり、F検定によってm=1とm=2の式それぞれで1%有意性を確認している。

4. 推定結果

推定結果は以下の通りである。支持率(Odds of approval)の自由度調整済重相関係数は0.732と高く、推定結果の予測力は高い。不支持率(Odds of disapproval)の方は、自由度調整済重相関係数は 0.582 となるが、社会科学データなので、高い方の値であるとは言える。なお、推定期間の月数と観測数の数に整合性がないが、これは上述の通り、欠損と緊急世論調査の影響である。

説明変数を見ていくと、通説どおり内閣誕生から徐々に支持率が低下し、不支持率が上昇する傾向が 1% 有意で観測されている。逆に、完全失業率の影響を見ると、1% 有意で支持率を引き下げる傾向があり、不支持率には有意な影響は観察されなかった。雇用が良いと内閣支持率が高くなると言う社会通念は、ここでは支持されていない。

定量的にも評価しておこう。好感度が平均的な総理が誕生して8ヶ月後以降に、失業率3%から4%になったときに、内閣支持率は21%から25%に上がり、内閣不支持率は67%から63%に下がることになる。

5. 継続月数(Incumbency)の8ヶ月上限の妥当性

8ヶ月上限が恣意的に思えるかも知れないが、上述したとおり残差平方和を最小にする点であり、Incumbencyを除いても推定結果は同じ傾向を示し頑強である。また、上限は13ヶ月までは、推定結果の符合や有意性に変化は無い。なお、上限が無い場合は、2年以上持った/っている小泉内閣と第二次安部政権に、それ以外の短命内閣の影響で得られた長期低落傾向を当てはめると説明力が落ちると解釈できる。

6. 有効求人倍率による頑強性テスト

景気遅行指数である完全失業率を用いるのは不適切に思えるかも知れない。そこで、2値ロジット・モデルに景気一致指数である有効求人倍率を加え、どの程度の影響があるのかを確認してみた。

有効求人倍率は高い方が、完全失業率は低い方が雇用改善になるので、モデル(2)と(3)の傾向は同じになり、雇用改善が内閣支持率を引き下げる傾向は維持されている。完全失業率と有効求人倍率を同時に説明変数として用いた場合は、有効求人倍率の係数の符号が逆転し、有意性が無くなるが、これは多重共線性が出ているためだと思われる。モデル(3)は説明変数が足されているが決定係数は改善しておらず、F値は低い。

7. AR(1)による頑強性テスト

2値ロジット・モデルにAR(1)を適応することによって頑強性をテストしてみた。0次から11次までのラグの数の中で赤池 A.I.Cを最小化するのが1である事は確認している。

ラグ1ではあるが単位根は統計的に有意に棄却されており、完全失業率が高い方が内閣支持率が下がる効果は維持している。なお、Incumbencyが含まれていないが、AR(1)では平均乖離しているほど急速に被説明変数の値が変化するので不要なためである。

8. 結論と含意

有権者は景気を悪くして欲しいとは考えていないであろうし、各種の世論調査をみると景気対策への期待は大きい。しかし、本稿の推定結果は、結果としての不景気で、内閣への支持を落とすわけではないことを主張している。これは、有権者は景気について内閣の責任に負わない部分が大きいと理解していると解釈できるであろう。むしろ不景気で支持率を高くするほどであるのは、不景気のときに何か経済対策を発表していると、有権者は内閣が仕事をしていると見なして、内閣への支持を強くすると解釈できる。

日本人は成果ではなく努力で評価するために、不景気の対策に負われて忙しい内閣を支持する傾向があるのかも知れないが・・・わけがわからないよ。

*1単一の時系列データと見なすと、1%有意で単位根は棄却される。さらに、下方ドリフト項付き単位根過程で、20%など一定水準を内閣支持率が切ると内閣が交代過去の系列とは断絶した系列が始まるモデルで、被説明変数がADF検定をパスするもののやはり見せかけの相関が出ると言う指摘があったので、政権ごとの内閣支持率の推移を同一で異なるランダムウォークにあると見なして、横断面方向も加えた拡張Dickey-Fuller検定をかけるテストも行い10%有意で単位根を棄却している。

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