2017年4月15日土曜日

メカニズムデザインによる過剰予約時のやりくり法

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予約していても来ない客がいるため、航空会社は席数よりも多い予約を受け付けており、予約客が多くやってきた場合は、オーバーブッキングとして予約客の(大抵はやんわりとだろうが)搭乗拒否を行なっている。緊急かつ優先的に優待客や従業員を輸送しないといけないときに座席の余裕が無い場合も、同様にオーバーブッキングとして処理が行なわれる。

予約客としては、自分に非はない不都合だから、面白くは無い。日本の航空会社は穏便に処理しているようだが、米国の航空会社にはこの始末が下手なところもあり、4月9日にユナイテッド航空が下手な対応をした上に、当初、まともに謝罪も行なわず激しい非難を受けていた*1。経営が下手な大企業が何故か多いMBAだらけの米国社会である。それはさておき、穏当に対処する方法を考えてみたい。

1. 抽選によるキャンセルは非効率

ユナイテッド航空は、まず、800ドル相当のバウチャーを補償として提示して*2、予約キャンセルに応じてくれる人を募集した。次に、ランダムに4人の乗客を選んだ。そのうち一人が、翌日の仕事を理由に抵抗したところ、警察を呼んで強制排除を行なった*3。聞くからに、あまりうまくない。ランダムに選んだら、本当は時間的に余裕がある人ではなく、どうしてもその便で移動したい人の予約をキャンセルしてしまう可能性がある。

2. 競上げ方式で募るのも理屈の上では非効率的

補償金をもっと上げていけば任意で応じてくれる人が出てくると思いつくであろう。任意で応じてくれる人は時間的に余裕があるか、補償金で時間を作れる人であろうから、ずっとマシな解決方法になる。著名経済学者のハーバード大学のマンキュー教授も、そう指摘している*4。しかし、補償金を段階的に上げて行くのは上手くない。

誰か一名をキャンセルする必要があり、一番ヒマな人が1000ドルならば応じても良いと思っているとしよう。しかし、1000ドルで他に誰も応じないのであれば、そこでは手を挙げないで値を吊り上げるかも知れない。さらに、一番ヒマな人が値を吊り上げようとして、二番目にヒマな人が1100ドルでキャンセルに応じてしまう不幸もあり得る。この場合、航空会社は100ドル余分に払うことになるが、二番目にヒマな人は、搭乗するのも1100ドルを貰ってキャンセルされるのも無差別に近いので大して得ではない。せめて一番ヒマな人が、1100ドルでキャンセルに応じるべきであろう。

3. 非公開入札にするだけでは効率的にはならない

デルタ航空がチェックイン時に希望する補償金額を聞いておいて、その希望金額が低い順にキャンセルの打診を行なって効果を上げているが*5、これも戦略的に希望金額をつける可能性は排除できないので、同様に効率的とは言えないことになる。他の乗客の顔色と言う情報を与えないと言う意味では、競上げ方式よりも改善しているのだが。

4. n+1番価格逆オークションが効率的

ゲーム理論家が大好きなやり方に、セカンド・プライス・オークションと言うものがある。上記の例では、同じ座席クラスの乗客全員に、キャンセルに応じても良い補償金額を要求してもらう。一番低い要求補償金額をつけた乗客をキャンセルするのは普通のオークションと同じだが、二番目に低い要求補償金額を補償金として支払うところが変わってくる。

このセカンド・プライス・オークションでは、自分が申請した要求補償金額ではなく、他の乗客がつけたものが補償金になるので、補償金を釣り上げる事はできなくなる。さらに、キャンセルしても良いと思っている留保金額よりも低い補償金額を要求した場合に損失を蒙る可能性が出る一方、留保金額よりも高い補償金額を要求した場合にはキャンセルに当たる確率が減って機会損失を蒙る事になる。キャンセルに当たると(補償金額-留保金額)だけ得になる事に注意しよう*6

n名をキャンセルする必要がある場合は、n+1番目の価格を補償金にすればよい。

5. ネットが普及した社会に適合する制度

実はかなり昔から、n+1番目価格逆オークションがオークション理論の文脈で効率的であることが知られている*7。しかし、航空会社がこれを導入してこなかった。もちろん、それには理由がある。オークション理論の文脈で効率的と言うのは、もっとも望んでいる人が物品等を落札することを意味しており、ここでは一番ヒマな人がキャンセルに応じる事しか意味しない。つまり、航空会社の利益を最大化する方式ではないのだ。風評などが問題にならなければ、抽選によるキャンセルの方が得と言うことになる。しかし時代は変化して、ネットで動画付で悪評が流されるようになった。接客方法も変化させていく必要がある。n+1番価格逆オークションの時代が来た。

n+1番価格逆オークションは複雑過ぎだし、そう戦略的に補償金額を希望してくる乗客はいないであろうから、デルタ航空方式で十分だと思うかも知れない。しかしネットの時代であるわけで、デルタ航空方式が一般化すれば、価格情報がシェアされる可能性は十分にある。戦略的に振舞う乗客が出てくる可能性があるわけで、あらかじめそれを封じておくべきだ。自分がつけた金額よりもちょっと多く貰えるわけで、キャンセルになった乗客から文句を言われることも無いであろうし、メカニズムデザインと言っておくと、ちょっと賢いことをしている気分にもなれる。

*1オーバーブッキングのユナイテッド航空機、乗客引きずり出しの一部始終 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

*2米運輸省によると、1350ドルまでの補償金受け取りが保証されているそうだが、なぜか目撃者によると800ドルまでになった(CNN)。なお、バウチャーではなく現金の方がキャンセルに応じる人が出やすくなるであろうし、法的には乗客は現金を要求できる(WSJ)。

*3本当は、チェックイン後に搭乗拒否を行なう法的根拠は航空会社に無いと言う話もある(Why United Was Legally Wrong to Deplane David Dao)。

*4Greg Mankiw's Blog: A Proposed Regulation

*5How Delta masters the game of overbooking flights | PBS NewsHour

*6セカンド・プライス・オークションは、オークション理論の教科書にはもちろん、最近のゲーム理論の教科書にも解説があるようだ。Anderlini (2017)など、大学の学部のレクチャー・ノートも色々と配布されている。

*7Vickrey (1972) "Airline Overbooking: Some Further Solutions," Journal of Transport Economics and Policy, Vol.6(3), pp.257--270

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