2017年4月13日木曜日

アサド政権はいまさら毒ガスを使ったのか?

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2017年4月4日、シリア北西部イドリブ県の反政府勢力地域で、アサド政権のシリア政府軍が散布した神経系ガスによって多数の住民が死亡したとされる事件が*1、欧米で非難されている。アサド政権を容認する姿勢を見せてきたトランプ大統領も、6日、シリア政府軍に駆逐艦から巡航ミサイルで攻撃を加えた。しかし、本当にアサド政権が化学兵器を使用したかについて、疑惑の声が上がっている。

1. アサド政権に化学兵器運用能力はある

アサド政権は化学兵器運用能力を保持しているとは考えられている。2013年8月21日にダマスカス近郊で化学兵器を使ったのは事実だと見なされており*2、少なくともその時点では化学兵器を保有していた。国際社会の批判を受けた後、化学兵器禁止条約に批准して、化学兵器とその生産設備を廃棄し、それを監査された事にはなっているが、化学兵器製造に従事した技術者がいなくなったわけではない。また、国連の独立調査機関は2014年4月21日のタルメネス、2015年3月16日のサルミンで、アサド政権が塩素ガス系の毒ガスを使ったと報告している*3。しかし、能力があるからといって、それを行使するとは限らない。

2. アサド政権に軍事的・政治的な動機が無い

軍事的・政治的にアサド政権が化学兵器を投入すべき理由は無い。軍事的にはアサド政権の内戦勝利はほぼ確定しており、戦局を打開する必要はない。化学兵器禁止条約に批准しているので、化学兵器の利用は国際社会からの強い制裁を受ける可能性が高い。2013年8月の化学兵器利用疑惑で、ロシアの仲介により米国からの軍事制裁を回避しており、ロシアがアサド政権に化学兵器を放棄させた事になっているので、現在最大の支援国であるロシアの面子を潰す事になる。公益財団法人中東調査会の髙岡豊氏は「政府軍が現段階で化学兵器を使用することは、自殺行為にも等しい不合理な行為である」と評している。宗教学者の池内恵氏は「化学兵器を使ってみせ、それでも米国が黙認することを反体制派に見せつけることで、どれだけ残虐な行為をアサド政権が行っても、もはやどこからも助けが来ないと思い知らせ、戦意を挫けさせる」ためだと理由を推察するが、2013年と米国政治とシリアを拘束する国際法は異なるわけで、米国が黙認するかは分からない。大きな賭けになり、実際、非難声明だけでは終わらなかった。

3. 被害者側情報源は元アルカイダで信頼が無い

さらに被害者側からの情報に信頼が置けないことが、疑念を大きくする。シリア動乱の契機となったムスリム同胞団は、風説の流布を繰り返していたとされる。『シリア紛争、特に「現地の情報」と称する情報は、そのほとんどが紛争当事者が相手方を貶めるためのプロパガンダとしての性質を帯びている』わけだ。今回は現地からの動画があるのだが、これすら信頼して良いのかが分からない。イドリブ県の反政府勢力はレバント征服戦線(旧ヌスラ戦線)であり、昨年まではイスラム教過激派アルカイダ系組織であった。女子供を脅迫して自爆テロを行なわせるぐらいの事はする組織の支配下にいたわけで、倫理感は低い。2013年8月の神経系ガス被害映像などを使って捏造する可能性もあるし、国際世論の同情を買うために支配下地域の住人に化学兵器を使う可能性すらある。頭が痛い事に、アサド政権だけに毒ガス運用能力があるわけではない。2015年8月21日にマレアでイスラム国(ISIL)がマスタードガスを利用した事が知られている*4。過去のシリア政府軍の備品が流出するなどして、製造能力がなくても化学兵器を入手する機会があるのかも知れない。そして、反体制派は軍事的に劣性であり、欧米諸国は反政府側への支援を縮小していた。嘘で状況が打開できるのであれば、迷わずするであろう。

4. まとめ

アサド政権が人道的だと言うことはなく、化学兵器を使った可能性が全く無いわけではない。しかし、シリアが化学兵器を使ったと結論を下す前に、国連や化学兵器禁止機関(OPCW)の現地調査を待つべきであろう。まだ、調査は進行中だ。トランプ大統領としては、娘のイバンカ氏がアサド政権が毒ガスを使ったと信じただけで十分なのかも知れないが、現地の構図はそう簡単でもない。シリア政府がやっていない証拠が出てきてしまうとバツが悪い事になる。2001年のイラク戦争のときには、開戦理由であった大量破壊兵器*6はイラクに見つからなかった。日本は米国に追随するしかないので、真実は何でも良いわけだが。

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