2017年2月9日木曜日

シムズ式脱デフレ策はリフレ派のそれとは随分異なる

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先日、ノーベル賞経済学者のシムズ・プリンストン大学教授が来日して、あちこちでシムズ式脱デフレ策を披露して去っていった。そして、いつもの事だが、図ってか図らずか、権威の発言を捻じ曲げている人々が現われている。特にネット界隈のリフレ派の皆様の解釈がおかしい事になっているので指摘しておきたい。追加的な量的緩和も、追加的な財政政策も求めていないから。

1. シムズ式脱デフレ策

インタビューをちゃんと読めば誤解する事はないはずなのだが、シムズ教授の処方箋は(1)インフレ目標値達成まで消費税増税を延期するだけのシンプルなものだ。加えて、(2)追加的な財政政策は不必要としており、(3)インフレ目標値到達後、段階的に消費税率を引き上げて財政再建をすることと、(4)インフレによる累積債務の削減は望ましくないこと、(5)ゼロ金利政策以外の非伝統的金融政策、特にマイナス金利の効果を否定している。

2. インタビュー記事などに明確に書いてある

そんなはずは無いと言う人は、まず、日経新聞のインタビュー記事を読もう。「物価上昇率が2%に達すれば、段階的に連続的に消費税を引き上げていくことが合理的だと思う。日本は巨額の財政赤字を抱えており、減税などの追加策も不要だ」「日本のように政策金利が下がって(利下げの余地がない)ゼロ金利制約に直面すると、金融政策で物価をコントロールすることは、もはやできない」と明確に言っている。次に、NHKのインタビュー記事を読むと、あくまで経済を良く機能させるためのインフレ喚起策であって、インフレ課税は他の租税よりも弊害が大きい(it will be more painful than financing it by taxes)ので、債務削減を狙ったモノではない(The reason we want to do this, is not to substitute inflation for taxes and paying the debt)と明確に説明している。最後に、ロイターのインタビュー記事を読むと、今後の日銀の金融政策運営について「2%の物価目標達成まで利上げは望ましくない」とだけしており、非伝統的金融政策を求めていない事がわかる。ロイターの別の記事を読んでも、ゼロ金利政策の維持の必要性を主張する一方で、「現在のように、大きなバランスシートを日銀がいつまでも抱えている状況は好ましくない」と量的緩和に否定的であり、「資産と負債で長短の期間ミスマッチを抱えた大きなバランスシートは、(金利上昇時に)金融政策が財政に与えるインパクトを大きくするリスクがある」と日銀の保有国債の平均残存期間の長期化について警告もしている。そもそもジャクソンホール論文では量的緩和に効果が無かったことを前提に話をしており、インフレ目標の設定はデフレになってからでは信じてもらえず、マイナス金利はインフレ的ではなくデフレ的な圧力をもたらすとまで言っている*1

3. FTPLを使って考えても同じ

シムズ教授がアベノミクスは消費税率引き上げで失敗したような話をしているので混乱が広がったのだと思うが、実際のところ量的緩和を支持しているような発言は探した限りは無い。戸惑う人は多いとは思うが、実はシムズ教授が推しているFTPLと言う理論には、金利はあっても量的緩和は全く考慮されない。また、FTPLは財政赤字の効果があるのではないかと思うかも知れないが、シムズ教授の議論ではそれは所与とされている。つまり、FTPLの中核となる(政府負債)/(物価)=(政府余剰の割引現在価値)と言う恒等式の右辺を減らせば左辺分母の物価が上昇すると言っていて、左辺分子の累積債務については十分と考えている。政府余剰の割引現在価値を減らすためには、人々が政府がインフレを許容すると信じ込ませる必要がある。もし、減税をしたとしても、将来、その効果と同等の増税が行なわれると思われたら、政府余剰の割引現在価値は変化しない。だから、インフレ目標達成まで増税を先送りにしようと言っているわけだ。

4. 権威の威を借りる前に、権威の主張を理解しよう

権威の言っていることが正しいとは限らないし、逆に権威の威を借りる論法が必ずしも悪いとは思わないが、権威の言っていることを正しく理解しないのは問題だ。シムズ教授が主張しているのは、インフレ目標値達成まで消費税増税を延期することだけであり、追加的な量的緩和も追加的な財政政策も求めていないので、量的緩和と財政政策の拡大を求める人はシムズ教授の威を借りるのは反則なので止めよう。

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