2016年8月20日土曜日

ちゃんとラノベになっている「浜村渚の計算ノート」

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数学を素材に使った小説が読みたい。数学ラノベと言うと「多様体の基礎」が言及される事が多いが、実はこれは小説ではない。皆様がすぐに想像するシリーズは読んでは見たのだが、キャラクター設定に違和感が残る一方で、ストーリー性が低い所が微妙だった*1。やはり数学を題材とした小説には無理があるのかと思っていたが、まだ「浜村渚の計算ノート」があった。一冊目を一回読んでみた。ちょっと惜しい感はあるのだが、読みたかったのは、たぶんこういう話だった。

学校教育における数学の比重が下がったことに不満を持った天才数学者が、広く普及した数学の映像教材を通して国民の大多数を催眠下におき、電話一本で信号を送ることで犯罪を起こさせる事を可能にした上で、数学教育の復権を要求しながら、「数学を理解しない者に、われわれを止めることはできないだろう」と捜査員を挑発しつつ猟奇的犯罪を引き起こし、偶然にも催眠にかからなかった数学が苦手な警察官たちと女子中学生の浜村渚が、事件の解決に取り組むと言うSF作品である。

往々にしてファンタジーとはそう言うものなのだから、ラスボスは数学ではなくて催眠術の天才だろうとか、ケータイのファームウェアをアップデートして音声にノイズを入れたら問題解決などとは思ってはいけない。数学にかけた猟奇的犯罪が起こる理由、数学力のある人々を差し置いて、女子中学生の数学力に頼る理由をつけたわけだ。強引極まりないが、読んでいたときはそう違和感はなかった。某数学ラノベでは、途中で挟まれるストーリーが取り上げる数学と独立していたが、そういう事はない。人物設定もそう無理はなく、その描写も想像力を喚起させる程度の表現がある。むしろ浜村渚の女子中学生らしい身勝手な発言や、問題関心の順位が普通と異なる部分の描写は、自然である。

数学自体に関する説明は、ストーリーに関係がある平易な範囲に留められている。円周率との任意の実数の大小関係を調べるためにバーゼル問題を証明する話は回避されてしまった。1644年に平方数の逆数全ての和はいくつかという問題で、1735年にオイラーによって解かれた。フーリエ級数の教科書にはバーゼル問題とは説明されずに演習問題として出てきたりするが、マクローリン展開を使うのが最初の解法のようだ。答えは左の通り。浜村渚は三次方程式の解の公式の導出が分からなくなったりするので、最初の方法を使うのではないかと思うが、縦書き日本語で説明するのが不可能なので、キャラ設定の詳細は謎となった。それでもゼロで除算してはいけない理由は詳しく説明されているので、小学生ぐらいには勉強になるかも知れない。

残念なところもある。犯行の解明に数学が必要と言うより、犯罪者もしくは被害者が発するメッセージを理解するためのコンテクストとして数学を使っているので、数学自体が役立っている気がしない。ミステリーだけに数学とトリックに関係がある事を期待してしまうが、少なくとも一冊目に収録された四つのエピソードではそれは無かった。そして、それが理由で駄洒落が多い。自暴自棄になった犯人が自殺しようとするのを駄洒落で止めている。浜村渚の見せ場は駄洒落でいいのか。笑うところなのか感動するところなのかが判別できなかったが、ラノベらしい展開ではあるし、だいたい数学徒は駄洒落が好きである。ライプニッツも記号に呪術的なものを見出していたらしい。

ネット界隈には数学の普及促進のために数学を用いた作品のアニメ化を求める声があるのだが、某数学ラノベは小説として問題がありすぎるし、4コマ漫画の「数学女子」では「キルミーベイベー」のような扱いになってしまう。「浜村渚の計算ノート」であれば、コミックにもなっているし、13話ぐらい作れるであろう。深夜アニメ枠の今さら数学を勉強しても始まらないオッサンほいほいになって、目的を達せそうにもないが。NUMB3RSで、米国で数学が人気になったとも聞かないから、そもそも無理な算段とは言わないように。

ところで、もうCD-Rは存在が分からない人が出てきていそうだし*2、製品化されたソフトウェアがCDではなくCD-Rで配布されているのが謎だし、カルボナーラの材料にチーズがリストされていないのが許せない。

*1題材に簡易な証明も与えられない話も多く、数学書としてもちょっと物足りない。

*22009年の作品で、当時はまだまだ現役であったと思う。

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