2016年7月26日火曜日

産業別最低賃金の適用拡大と引き上げについて

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濱口氏が「産別最賃は再生できるか?」で、立教大学の神吉知郁子氏の『産業別最低賃金の引き上げが「底上げ」の次なる突破口になる』と言う論説を紹介していた。

神吉氏の議論は、私の理解では*1、次のようなものだ。今の日本の最低賃金は、原則として地域別最低賃金を採用しているため*2、セーフティーネット的な位置づけが強いものとなっており、労働市場における公正競争を確保する目的が失われている。そこで、労使で協力して産業別最低賃金を設定することにより、公正競争を確保して賃金引き上げを促進すべきである。企業別だと実効力のある水準に定まらず、国別だと利害関係が複雑になり過ぎて調停が困難であるが、産業別であれば可能である。

教科書的な経済学からすると、買い手独占などで雇用主の交渉力の方が強く、競争均衡よりも低い賃金が提示されているときに、最低賃金がこれを是正すると説明される*3。公正競争の確保は、この事を指していると思われる。ただし、均衡賃金を超える最低賃金を設定してしまうと、雇用が減って非効率になる。ゆえに、競争均衡賃金や交渉力が異なる労働市場ごとに最低賃金を設定するのが望ましい。

全国一律よりは産業別の方が、労働市場にあわせた設定が可能であろう。ただし、低賃金労働者の移動可能範囲を考えると地域別の方が良い可能性はあるし、同一産業でも職種による差異が大きいかも知れない。計量分析を行い、独占力の差異などで上手くクラスタリングできる区分を採用すべきであろう。また、最低賃金を上げれば雇用主にも長期的にプラスであると考えているようだが*4、買い手独占の是正が目的であれば雇用主にはマイナスになる。濱口氏が「生産性新聞」の論説で、過去に既に失敗している事を指摘していたが、産業別労働組合を組織していかないと、なかなか実現はしないかも知れない*5

*1ところどころ理解に苦しむ部分がある。例えば以下の部分は全く理解できない。

では、個別企業での賃金引き上げはどうでしょうか。日本の場合、賃金は主に個別企業での賃金交渉で決められています。しかし、個別企業では労使の利害が一致する場面が多く、賃金よりも雇用が優先される構造が生まれ、賃上げの推進力は弱まりがちです。同業他社との競争力格差も問題視されやすくなります。

労使で利害が一致しているのであれば政府介入は不要に思えるし、関係者がそれを望んでいるのであれば、賃金よりも雇用を優先して何が悪いのかが分からない。

そこで私は、産業別という規模に注目しています。(中略)また、国のように、ターゲットが広がりすぎて利害が拡散することもありません。このように、産業という規模は、適度な規模感で賃金底上げに役割を発揮することが期待できます。

ターゲットが広がりすぎる事が問題だと言っているので、様々な種類の労働に同一の最低賃金を提示すると、公正競争確保を目的とした水準がまとまら無いと言いたいのだと思われるが、もう少し意味の取りやすい表現にしてもらえないだろうか。

*2一部の特定産業には特定最低賃金が設定されている。しかし、2016年3月末の適用労働者数で約316万人に過ぎない(厚生労働省)。

*3関連記事:最低賃金の引き上げを主張する前に

*4以下のようにあり、厳密には違うはずだが、産業と企業の利害関係は一致すると解釈した。

高い最賃をアピールできれば、良い人材が集まり、労働者のモチベーションも向上し、企業の業績もアップするという好循環を生み出すことが可能です。企業の支払い能力にとらわれて、低賃金で労働者を使い続けることは、その産業にとって長期的に見ればマイナスです。

*5政府が産業別に雇用の流動性などを計測して、それに応じて平均賃金からの乖離の下限を定めた方が手っ取り早いかも知れない。

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