2016年7月10日日曜日

日本の就業意欲喪失効果はとても小さい

このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

雇用環境が余りに悪いと職探しをしても仕事が見つからないので、失業者が求職を止めてしまう事を就業意欲喪失効果と言い、これによって就業者が増えていないのに失業率が低下する現象が、ネット界隈でも広く知られている。往々にして失業率の低下を雇用改善と見たくない人々が口に出す単語なのだが、どの程度の大きさがあるのか未確認なまま使われている事が多い。

リフレ派に人気のラスカル氏の「真の失業率」推定は、就業意欲喪失効果をコントロールして失業率を評価しようとしているものだが、これも仮定している真の労働力率が公開されていないブラック・ボックスな所がある*1。そこで、就業意欲喪失効果がどの程度か検討してみたのだが、景気に関係の無く、男性の労働力率の低下と女性の労働力率の上昇が確認される一方で、就業意欲喪失効果らしい現象は25歳未満の男性でしか確認できず、全体としては誤差程度のものとなっていた。

1. 手法

確認方法だが、次のように行った。

  1. 性別・年齢階層ごとの労働力人口と人口から、性別・年齢階層別の労働力率を作成した。気力の問題で人口と就業者数は各年の1月時点のものを利用している。性別・年齢階層ごとの観察にすることにより、女性の外部労働参加率の高まりや高齢化による影響を除去することができる。
  2. 有効求人数を15歳以上人口から就業者数を引いた未就業者で割って、求人対未就業者率を作成した。失業率と有効求人倍率は就業意欲喪失効果の影響を受けるが、この求人対未就業者率は影響を受けない。
  3. 最後に、性別・年齢階層ごとの労働力率と求人対未就業者率を並べてみた。見間違いを避けるため、タイムトレンド項付の線形回帰でも両者の関係を確認している。

就業意欲喪失効果があれば、求人対未就業者率が落ちこんだ後に、性別・年齢階層ごとの労働力率が落ち込むはずである。なお、求人対未就業者率は、図中では求人数/{15歳以上人口-就業者数}と定義で表している。

2. 25歳から54歳の男性

就業意欲喪失効果は観察されない。むしろ、リーマンショック後の雇用情勢の悪化時期に労働力率は上昇し、雇用情勢の回復期に下降している。タイムトレンド付の回帰分析だと、雇用が悪い時期に労働参加率が高まる。不思議な現象だが、開業届を出していない自営業者が景気悪化で働きはじめたりするのであろうか。

3. 25歳から54歳の女性

就業意欲喪失効果は観察されない。景気悪化期に上昇ペースが落ちているかと言うと、そうでもないようだ。2010年と2011年に45歳-54歳が悪化したかなと思うが、25-34歳は同時期に増えていたりするので、誤差の範囲。ところで、女性の外部労働参加率の高まりを感じる。

4. 15歳から24歳の男女

労働参加率が低い年齢層を見ていこう。まず、15歳から24歳の男女だが、就業意欲喪失効果はあるかも知れないが、明確な傾向は認められない。タイムトレンド付の回帰分析をすると、男性の方は観察される。この年齢階層では学生アルバイトなどが多いであろうし、無理をして働く必要が無いのであろう。

5. 55歳から64歳の男女

就業意欲喪失効果は観察されない。ところで、この年齢階層も女性の外部労働参加率の高まりを感じる。

6. 65歳以上

就業意欲喪失効果は観察されない。男性が徐々に低下する傾向があったが、2015年ぐらいから男女ともに増加傾向を示している。

7. 全体

全年齢階層を合算した全体を見てみよう。リーマンショック前までは就業意欲喪失効果は観察されないが、リーマンショック後に一見、観察されるようになる。しかし、男女別に見てみると、男性には就業意欲喪失効果は見られ無いが労働力率の低下傾向にあり、女性の方はリーマンショックにも影響されていないが、2012年ぐらいから急激に労働力率の上昇が見られる。女性の労働力率の上昇理由は不明だが、就業意欲喪失効果が生じたとは言えないので、就業意欲喪失効果が解消されたとは言えないであろう。

なお、図表はクリックすると拡大して表示される。

8. まとめ

全年齢階層・男女合算値を見ると、リーマンショック後に就業意欲喪失効果があったかのように見える人もいるであろうが、年齢階層別・男女別の数字を見ていくとそうとは言えない。男性の労働力率の低下と女性の労働力率の上昇があって、たまたま2012年ぐらいに労働力率が上昇に転じる事になったようだ。社会風潮や産業構造の変化が理由だと思うが、就業意欲喪失効果があったとは言えないであろう。

*1私の見落としが無ければ『「真の失業率」と労働力人口の変動』と『労働力人口変動の要因分解-構造要因抽出の試み』の二つのエントリーがその計算方法を説明しているが、これだけでは計算の詳細が分からない。

追記(2016/08/06 15:41):鍋象=Bewaad方式「真の失業率」の補正(メソドロジー)」を見るべきだと指摘され確認したのだが、明示的に就業意欲喪失効果の測定はしていなかった。各年齢階層の労働力率をHPフィルターにかけて、そのトレンド部分から1992年基準で各年齢階層の真の労働力率を計算し、各年齢階層別人口をかけて、全体の真の労働力人口を計算している。

ところで、「大学院への入学者の増加などにともなう構造的な動きと考えることもできますが、むしろ、経済的な要因による就業意欲の喪失と考えるのが自然」と1995年以降の20代の真の労働力率は一定だと仮定しているのだが、これは問題であろう。大学進学率は1995年以降も増加しているし、短大から四大へのシフトもある。

0 コメント:

コメントを投稿