2016年2月27日土曜日

「アメリカの脱植民地化」を巡る混乱した議論

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米国で女性問題などを扱っている活動家のエミコヤマ氏が『アメリカの脱植民地化(アメリカ合衆国を解体して主権を先住民各国家に返還すること)を支持しています』と言った事に対して、非先住民を追い出そうとする極左思想だと非難がされていた(togetter)。左翼思想のマルクス主義は先住民族の権利を盲目的に追求したりしないし*1、そもそも非先住民の取り扱いが詳しく説明されていないので不適切な非難だと思うが、それはさておき、エミコヤマ氏の「脱植民地化」も何かおかしい事になっている。法的に正当化は出来ないであろうし、脱植民地化にアメリカ合衆国の「解体」は必要ないからだ。

1. 法に基づきアメリカの脱植民地化はできない

その理由と言うのは「現在も存続する主権国家が不当に占拠・支配されているから、法に基づき是正すべき」と言うものらしい。この一言に二つ問題がある。

  1. 現在も存続するネイティブ・アメリカンなど先住民部族の主権国家は存在しないし、結果として先住民部族と米政府の間で有効な条約も残っていない。米政府は1831年の米最高裁判決と1871年のIndian Appropriations Actによって、先住民部族は外交を結べる条約相手国では無いことにしてしまっている。1972年の「破られた条約のための行進(Trail of Broken Treaties)」と言う抗議運動の声明文でも、先住民の部族を主権国家として認めるように主張しており、左派も先住民部族には主権が無いと見なしている。部族の主権(Tribal sovereignty)は認められているが、外交や通貨発行などは禁止されているし、部族を管轄するのは内務省のインディアン局である。
  2. 先住民と米政府の条約を根拠に、米国の解体を導きだすことは不可能である。条約は主権国家同士の取り決めなので、条約を有効とすると米国を主権国家と認めることになる。また、条約違反を是正すべきとなっても、条約の内容に沿ったものにしかならない。上述の1871年法で条約は一方的に破棄されているが、過去の条約で認められた先住民部族の権利は保護されることになっている。この意味で、不当な土地占有などがあれば法に基づき是正すべきと言うことになり、米最高裁は1980年にララミー砦条約違反で賠償命令を下しているが、米政府の統治権を否定するものにはならない。

そもそも一方的に破棄されても終わりで、しかも不平等でもあり得る条約は、物事の正当化には向いていない事が多い。なお日韓問題などで正当化の根拠として持ち出されるのは、双方とも条約を維持したいと考えている事が前提になっている。

2. 脱植民地化にアメリカ合衆国の解体は必要ない

法律に関する議論だけではなく、他にもおかしい所がある。「脱植民地化」の定義に「アメリカ合衆国を解体」を含めているのだが、消滅を暗に含む「解体」は間違いでは無いであろうか。「破られた条約のための行進」での声明文を見ても、

  1. 米政府が先住民部族を主権国家として認めること
  2. 米国内の先住民部族の領土(米全土の4.5%)を返還すること
  3. 先住民部族の連邦議会での発言権を認めること
  4. 先住民部族の再興のために援助を行うこと

が主な主張であり、アメリカ合衆国の解体につながる部分は無い。このような分離・独立(と経済的自立)では不十分なのであろうか。

3. 侵略と言う不正を正すための原状回復は正当化されない

エミコヤマ氏は、帝国主義などによる植民政策は侵略行為で不正であり、正さなければならないと考えているようだ。この論理から言うと、植民者の国であるアメリカ合衆国は消滅すべしと言うことになる。しかし、ある民族が他の民族を追い出して出来た国家はかず多くある。

例えば欧州の国々は、漢民族にフン族が追い出され、フン族にゲルマン民族が追い出され、ゲルマン民族にケルト民族が追い出されて出来たようなものだ。ブラックヒルズを不当に取り上げられララミー砦条約違反で勝訴を勝ち取ったスー族も、先に住み着いていた部族をブラックヒルズから追い出している。

侵略行為を肯定すると戦乱が増えてしまい、人々の幸福度を著しく下げてしまうわけだが、大昔の侵略行為を原状回復しようとしても、やはり混乱から人々の幸福度を下げてしまうであろう。先住民の幸福だけを考えれば良いわけではなく非先住民の幸福も考えるべきだし、そもそも原状回復が先住民の幸福をもたらすとは限らない。米国内に孤立した独立国家が出来ても、米国での就業などが制限されれば、今より確実に生活は悪化するであろう。

そういう理由で究極的には、侵略と言う不正を正すための原状回復は支持されないと思われる。ネアンデルタール人が「欧州は我々の固有の領土。ホモサピエンスは出て行け!」と言い出したらと想像する(ネタ元)のは愉快なのだが、歴史の咎を背負って生きる方が人々の幸福につながることは多いと思う。

追記(2016/03/01 16:10):「インディアン居留区は米国の下位自治体ではないですし、米国憲法にも制約されません。たとえば、米国憲法の修正一条により米国内の自治体が特定の宗教の儀式を取り行うことはできませんが、部族政府は伝統的な宗教行為を行うことができます」から主権国家であると言う指摘をみたのだが、修正第1条は連邦議会しか拘束せず、州は修正第14条を通じて適用されるのであって、連邦でも州でもないインディアン居留区の議会は修正第1条の適用を受けないと言う判例であって、先住民部族が米国憲法上の制約を受けないと言うことではない(NATIVE AMERICAN CHURCH v. NAVAJO TRIBAL COUNCIL)。

追記(2016/03/02 09:46):米国司法とインディアン居留区の関係を端的に表すのは、1896年のTalton v. Mayes裁判だと思われる。ここでは、憲法起草時にはインディアン居留区は独立した国家だと考えられていたので、合衆国憲法はインディアン居留区を拘束しないとされる。ただし、連邦政府の権威はインディアン居留区に及ばないとは主張されておらず、連邦議会は先住民部族が持つ自治権を決定することができるとされている。実際、1968年にICRA: Indian Civil Rights Actが制定されるのだが、これは連邦議会が先住民部族が持つ自治権を制限する法律である。連邦法の権威が先住民部族に及ぶのであるから、連邦法の上位である憲法が先住民部族を対象とした条文を持てば効力は及ぶ事になるであろう。

追記(2016/03/04 18:33):米国憲法に基づいて先住民が連邦所得税を払っているから、先住民部族は現に米国憲法の条文の制約を受けていると言う主張をしている人がいるのだが、そのような判例はどうも無く、歴史的にも無理がある主張になっている。現在の連邦所得税が出来た1913年当時から先住民への課税を求める声があったそうだが、一般法が先住民に適用されず、個々の先住民部族に免税特権があるので、米司法省は課税不能と判断しており(INDIANS AND FEDERAL INCOME TAXATION)、実際に払うようになったのは1924年に米国市民権が与えられ二重市民権になった後からで、これから考えると米国市民として課税しており、先住民部族の構成員として納税しているわけではないようだ。

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