2014年7月3日木曜日

インドネシアの政治が良く分かる「民主化のパラドックス」

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情報通信技術の発達で世界のニュースを毎日読むことができるようになったとは言え、異国の政治事情をそこから把握するのは難しい。特に途上国の場合は前段になる歴史的背景が分からないので、なおさらだ。そういう時にはしっかりした研究者の本があると、重宝する。『民主化のパラドックス―インドネシアにみるアジア政治の深層』は、まさにそういう本だ。スハルト体制の成立期から現在までの民主化の実態が説明されている。2013年10月に出ているし、今のインドネシアを理解するのに良い本だと思う。そして、混沌とした民主化プロセスが興味深い。

1. 不正や汚職の残る中途半端な民主化

インドネシアは独裁者のスハルトが失脚して民主化したと理解されているが、民主化後も汚職や不正が蔓延っており国軍の影響力が強い。こういう風に書くと世界のどこにでもありそうに感じるし、日本でも戦前は軍部の影響力で政治が混乱した事があるが、インドネシアで起きている事は異質なもののようだ。そもそもスハルトと国軍の軋轢が民主化運動につながったそうだが、国軍とその周辺が政府と独立した資金源と目的を持つ権力集団として存在し、独自の社会を構成してしまっている。旧体制からの権力者の基盤は変化しつつも強固であり、著者の見解では、徹底した民主化や汚職や不正の防止は不可能だそうだ。

2. インドネシア国軍エコシステム

国軍がどのようなものか、こう説明されても想像がつかないとは思う。インドネシアは軍管区制なのだが、それぞれがプレマンと呼ばれるヤクザ稼業の人々や民兵を支配下においており、独自の営利活動を行っている。汚職や不正と言うと悪徳商人が悪代官に賄賂を贈るイメージがあるだろうが、インドネシアでは国軍が違法賭博や違法売春宿向けに治安サービスを提供している。政治関与も大胆で、軍人がボランティアで選挙運動に関わったりするだけでは無く、配下のプレマンに暴動を起こさせたり、民兵を組織して内戦状態を作り出したりもするそうだ。スハルトが権力を取ったときも、権力を失ったときも、東ティモールやアチェでも暗躍している。

3. それでもこれでも軍の役割は縮小した

民政化してもこういう状況なのかと驚くわけだが、これでも軍の役割は縮小しつつあるらしい。従来の国軍は国防と治安維持の二重機能を持たされていたわけだが、警察機構が組織されて、治安維持では警察が担当するようになりつつあるそうだ。しかし、警察も汚職や不正とは無縁ではないので、警察と軍が銃撃戦を含めた衝突を引き起こす事もあるらしい。また軍から警察への権限委譲は、分離独立運動や対テロ戦争を理由に抵抗しているそうだ。政党や政治家の資金源の問題など些細な問題に思えてくるぐらいの状況だ。

4. 汚職撲滅委員会の仕事と政界の状況

しかし、これでも前進はしている。インドネシアのKPK(汚職撲滅委員会)は、与党だろうが大臣だろうが検挙を行っている。逆にKPK幹部が収賄に関わったと濡れ衣を被せられて、強力な世論を背景に大統領に救済されたり、映画化どころかドラマ化でも間が持ちそうなスリリングな組織になっているそうだが、以前は完全に闇の中であったことが掘り起こされているのは改善であろう。ただしクリーンなイメージのあるユドヨノ大統領を含めて、無傷とは言い難い状況のようだ。

5. 不徹底な不正・汚職対策が民主化の定着と安定をもたらす

著者は、この問題を温存したままの中途半端さを評価する。もし徹底した民主政治が導入され、国軍、警察、政治家が大量に処罰・逮捕される状況になったのであれば、権力を持った彼らが民主政治を妨害しようとするため、民主化は定着も安定もしなかったであろうからだ。確かに国軍を中心とした非合法なエコシステムの根は深すぎる。安定的に民主化を進展させるためには、汚職や不正を見逃すことをしないと、権力者のほとんどを敵に回してしまう。そういう意味では、これから民主化を進めて行きたい独裁国家では、インドネシアのケースは参考になる。

6. 国軍エコシステムの発生過程が知りたい

本書はインドネシアの権力構造を描写することで、その民主化のプロセスを冷静に評価していると思うのだが、分からない部分が一つあった。なぜ国軍は地元のヤクザから政界まで統合した汚職や不正のエコシステムを作ったのであろうか。恐らく政府の徴税能力が低いので、インドネシア国軍が常に自己保全のために収益源が必要だったからでは無いかと思うが、今後の国軍の影響力の低下のペースを占う意味でも、発生過程の描写がもう少しあっても良かったのでは無いかと思う。

7. まとめ

全体としては興味深い一冊で、上の点も大きな問題では無いと思う。この本に加えて、あとは「経済大国インドネシア」を読んでおけば、インドネシアの政治経済事情にだいぶキャッチアップできるのでは無いであろうか。なお、こちらは本書よりは楽観的な視点を持っている。

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