2013年12月24日火曜日

経済学を知ったかぶりするための独学方法

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すらたろう氏が独習者のためのおすすめ経済学入門テキストを紹介しているのを見て、ask.fmを始めたところ、経済学研究科に行かないで経済学を学ぶ方法を質問されたのを思い出した。

用途が分からないのだが、SNSで聞かれたのでSNSで使うための知識なのであろう。主に文系学問を学んできた人が、インターネットの交流サイトで経済学を知ったかぶりするための独学方法を考えてみたい。

1. 基礎的な数学を学ぶ

経済学は言葉として数学を利用しているため、ある程度の数学の知識が必要だ。記号の意味ぐらい分からないと、読み飛ばしもできない。しかし経済学の教科書の数学の説明は極端に省略されているので、やさしめの数学書を読んだ方が理解が深まる。線形代数、集合、位相、解析のイロハを学ぼう。

一般教養で数学を履修していなかった人は、『微分・積分30講』と『線形代数30講』を読んでおく方が良いと思う。だらだら読んでいても一ヶ月でキャッチアップが可能になる。

一般教養で数学を履修していた人も、『集合への30講』『位相への30講』『解析入門30講』を読んでおいた方が良いと思う。「高々可算」「ベキ級数」「コンパクト」「選択公理」の意味があやふやだったり、位相を使って連続写像の条件を説明できなかったり、テイラー展開の証明ができなかったり、n階微分可能とCn-級の違いが分からなかったりする人は、単語や記号を理解するために読むべきであろう。

紹介したのは『数学30講シリーズ』と言う教科書と言うよりは数学読本なのだが、二階条件の説明は2変数関数でとなっていたり説明は平易で、版を重ねているせいか誤記はほぼ無い。そして、ウォリスの公式やウリゾーンの定理のように経済学ではあまり見かけないものの記述もあるが、経済数学で扱う領域をよく抑えている。Tea Timeに、中間値の定理の証明のような、後で参照することもある重要な記述があるので、隅から隅までよく読むことをお勧めする。

2. 経済数学を学ぶ

経済数学は数学の部分集合でしかないが、ある程度は厳密な理解が必要になる。経済学に入る前に、経済数学の本を読み込む方が良いであろう。

経済学のための数学入門」は制約付最大化問題、逆関数定理、陰関数定理、包絡線定理までがカバーされていて、部分均衡に関して必要な知識が入る。分離定理や不動点定理の知識は別途補充する必要がある。そういう意味では「数理経済学入門」は良いテキストかも知れない。検索して講義資料などを探すのも手段で、例えば「泥縄式不動点定理の解説」は力作に思える*1

経済セミナー」の解説記事が分かりやすい場合もあるが、稀に誤植ではないかと思うときがある。「改訂版 経済学で出る数学」は学部生向きの試験対策テキストで、高校で数学を勉強しなかった人は演習をこなしておくのも良いであろう。

これらを抑えておけば大抵の経済学のテキストは理解できるが、動学的な議論は薄いかも知れない。『現代経済学の数学基礎〈下〉』を読むか、「動的計画法 オイラー方程式 ベルマン方程式」を検索ワードに検索して大学の講義資料を探して読むのが良いであろう。原・梶井(2008)は良い教材だと思う。

ところで物理数学あたりと単語の使い方がやや異なるときがあるため、凸解析が得意な人でも中身をさっと見ておく方が良いと思う。

3. ミクロ経済学を学ぶ

経済数学を学んだ後は、ミクロ経済学を学ぶべきであろう。わざわざ「新古典派」と言って特別な学派のように説明する人もいるが、もはや経済学の根底に根を下ろしていて理解しないと先に進めない。

多種多様なテキストが出ている*2ので好みのものを読めばよいと思うが、日本語で基本的な議論を網羅しているのは『ミクロ経済学 (1)』『ミクロ経済学 (2)』だと思う。ゲーム理論に関しては『ゲーム理論 新版』を読んでおけば良いであろう。

経済学徒の鈍器、もしくはMWGやMas-Colellと呼ばれる"Microeconomic Theory"は大学院レベルの英文テキストになるが、英語に自信がある人は手を出しても良いと思う。こちらは後半にゲーム理論の説明がある。

経済数学をしっかりこなしていれば、これらのミクロ経済学のテキストを読むのに苦労する事は少ないと思う。それでも数学以外の部分、例えば合理性などの解釈が良く分からない人は、『ひたすら読むエコノミクス』や『合理的選択』を読むのが良いであろう。

4. 計量経済学を学ぶ

インターネットで経済学を知ったかぶりするためには、データの解釈にも精通しないといけない。これも色々とテキストがあるのだが、『統計学入門 (基礎統計学) 』で確率・統計の基礎を抑えたあとに『計量経済学』などを読めば雰囲気はつかめると思う。しかし、ここで留まるわけにはいかない。

最近の大学院のコースワークでは、Wooldridge(2010)が標準的な地位を占めているので、これは入手して読み込む必要がある。問題回答も売っているから独習にも向いている。マクロデータも読みたい場合は、『経済の時系列分析』の後に、Hamilton (1994)を読めばいいのでは無いであろうか。

構造推定も常識化してきた。経済モデルとの対応関係が明確な議論をするためには重宝する。競争政策や消費者理論などのトピックごとに色々あるので、分厚い百科事典Handbook of Econometricsを読むか、Structural Econometric Modelingなどをキーワードに必要に応じて調べれば良いであろう。

近年はマクロ経済学に限らずベイズが流行っているのだが、こちらも定番テキストが思いつかないので今回は言及しないと思っていたが、Robert (2007)Gelman et al. (2013)が定番なようなので紹介しておく。あとは実験経済学が好きな人はRCTも勉強しておくと良いかも知れない。他の手法も使うのだが、RCTの考え方がベースになる。

追記(2017/03/05 12:00):統計的因果推論が研究だけではなく講義でも当たり前になっているので、RCT以外の手法もBlundell and Dias(2009)などで概要を掴んでおく方が望ましいようだ。日本語でも(やや理論的説明が薄いが)「実証分析入門」などの本が出てきている。

5. 応用分野を学ぶ

インターネットで知ったかぶりするには専門分野の一つもいるであろう。それぞれの分野でテキストが出ているが、ここまで到達できた人には全て平易な記述だと思う。

ただし読む量はここから増える。例えばマクロ金融を学びたければ、まず「マクロ経済学 (New Liberal Arts Selection) 」でマクロ経済学の概要を掴んだ上で、Champ, Freeman and Haslag(2011)に読み進み、Blanchard and Fischer(1989)を読むのが標準的なコースのようだ。しかしこれでは近年のマクロ経済学の標準的手法であるカリブレーションの知識が十分に身につかないので、蓮見氏の「動学マクロ経済学入門」にあるレクチャー・ノートとRのソースコードなどで知識を補完しておこう。DSGEモデルから構造型表現を導出し、それをMCMCで推定するところまで紹介したいのだが、それは適当な教科書が思いつかないので、それを探すところも含めて読者の課題にしたい。

追記(2013/12/25 00:00):荒戸氏が「DSGEモデルによるマクロ実証分析の方法」を、@inoakio氏がHeer and Maussner (2009)を紹介してくれた。

ここまで頑張れば経済学を知ったかぶりするのも不可能ではない。人生を浪費するかも知れないが、きっと貴方にもできると思う。

*1追記(2019/10/17 4:00):餅は餅屋なのか、数学者の書いた「Brouwer's fixed point theoremの初等的証明 (非線形解析学と凸解析学の研究--RIMS研究集会報告集)」の方が、あっさり感があって分かりやすいかも知れない。ただし、ちょっとノーテーションに混乱する箇所がある。

*2追記(2018/04/13 23:56):最近は「ミクロ経済学の力」の評判がよく教科書指定でも人気で、演習問題集「ミクロ経済学の技」も発売される。

3 コメント:

マコト さんのコメント...

いきなりで失礼かと思いますが、この記事を読み質問したいと思いコメントさせていただきます。

金融工学、ファイナンスの分野のおすすめテキストはありますでしょうか?
入門から大学院レベルまでどのようなコースで学ぶのがよいでしょうか?

また、金融工学、統計・計量経済学を使いかつプログラミングのスキルが要求される職種があります(私自身が希望しているわけではありませんが)。


実務で金融工学、計量経済学などを使う時に必要なプログラミングスキルはどのように学べばよいでしょうか?
金融工学、計量経済学とプログラミングを効率的に学べる方法、テキストはありますでしょうか?

uncorrelated さんのコメント...

>>meco さん
> 金融工学、ファイナンスの分野のおすすめテキストはありますでしょうか?

本は色々と出ているので気に入ったものを探されればよいと思いますが、以下の二つをあげておきます。

・資産価格の理論―株式・債券・デリバティブのプライシング
http://amzn.to/1m9ER1g

・デリバティブ価格理論入門―金融工学への確率解析 (金融職人技シリーズ)
http://amzn.to/LhPmC4

> 入門から大学院レベルまでどのようなコースで学ぶのがよいでしょうか?

学術と実務で乖離があって、学術では確率微分方程式を解かないといけない一方で、実務では近似計算で十分なのかテクニカルな計算はされていないようです。

学術的には最低でも伊藤の補題や熱伝導微分方程式と向き合うことになるので、しっかり数学を勉強する必要はあると思います。

> 実務で金融工学、計量経済学などを使う時に必要なプログラミングスキルはどのように学べばよいでしょうか?

計量経済学と金融工学は問題関心の持ち方が違うので、別物と考えた方がいいかも知れません。また、知っているケースではExcelで派生商品の価格計算を済ましていたこともあり、プログラミング・スキルはそう重要ではないと思います。

マコト さんのコメント...

なるほどです…
ありがとうございました!

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