2013年2月28日木曜日

原発規制の理由を理解していない池田信夫

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経済評論家の池田信夫氏が「原子力規制委は原発を危険にしている」で、政府と原子力産業の利害関係が一致していると主張しているのだが、利害関係が一致していたら、規制など何も要らない事になる。経営側がリスク選好的になりがちだから、色々な産業で安全規制があるのだが、よく理解できていないようだ。また、バックフィットに関して引用無しの独自理論を展開している。

1. 原子力産業が負担するリスクには上限がある

エージェンシー理論的に説明しよう。原子力産業は安全管理コストが少ない方が利益が大きくなる一方で、原発事故が起きても賠償を払いきれずに破綻するだけになる。原子力産業が背負っていける程度の事故であっても、経営者や従業員は、せいぜい解雇されるぐらいで、大きな賠償責任を負わない。

2. 負担リスクに上限があると、リスク選好的になりうる

原発周辺住民は事故による被害をほぼ無制限に受ける一方で、原子力産業は負担するリスクに上限が設けられることになる。これによりリスクの過少評価につながり、経営陣が安全を取って安い報酬を狙うより、リスクをとって高い報酬を狙い出す可能性がある。

事故が起きて会社が賠償責任を、経営者や従業員もペナルティーを十分に受けるのであれば、外部不経済が内部化されるので、政府と原子力産業の利害関係は一致する。事故を起こすと会社がつぶれるのであれば、負担する賠償に下限が出てくるので、リスクを取る可能性が高くなる*1

追記(2013/03/01 08:40):簡単な数値例をあげておく。安全運転(90%で100億円の利益、10%で100億円の損害)と危険運転(80%で120億円の利益、20%で100億円の損害)の期待損益は、それぞれ0.9×100-0.1×100=80億円と0.8×125-0.2×100=76億円になるので、安全運転の方が社会的には合理的だ。しかし、経営者の報酬が期待損益の10%、ただし0以上とすると、安全運転では0.9×100×0.1=9億円、危険運転では0.8×120×0.1=9.6億円となり、危険運転の方が経営者には合理的になる。つまり、社会と経営者の利害が一致しない。

3. 根拠不明の独自のバックフィット論になっている

池田信夫氏は規制の遡及適用(バックフィット)に関して「新安全基準の遡及適用は違法」「(電力会社が同意すれば)バックフィットを行なうことは望ましい」独自見解を述べているが、全く根拠が無いように思える。法の不遡及は刑法に適用される概念だし*2、米国でのバックフィットは電力会社の同意は必要無いようだ*3

4. 社会的厚生を最大化するバックフィットは肯定されるべき

原子力規制委員会が定めた基準が不適切である可能性はあるであろうが、原子力規制委員会が規制を定めることを否定したり、バックフィットの範囲を狭めようとするのは理解ができない。エージェンシー理論に基づけば、規制には一定の役割があるであろうし、補償原理に基づいて考えれば、将来の社会的厚生を最大化できるのであれば、原子力規制委員会が新たな基準をバックフィットする事は肯定される。

*1古典的な合理的な経済人を仮定して説明したが、行動経済学的に遠い未来のリスクを過少評価する癖が人間にはあると見てもいいし、パターナリスティックにリスク計算を適切に行えるか分からないとしても良い。

*2関連記事: 刑法でも無いのに、法の不遡及を振り回す池田信夫

*3原子力の安全規制の最適化に関する研究会 第8次海外調査出張報告(案)」を見る限りは、コストを考慮することは要請されているが、事業者の同意を取り付ける義務があるとはされていない。

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