2013年2月13日水曜日

日本の左派なひとは「成長」が嫌いか? ─ 経済成長万能派が嫌いなだけでは?

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労働問題の専門家の濱口氏が『何で日本の左派なひとは「成長」が嫌いか』と言うエントリーを書いている。曰く、日本語で言う「成長」と言う単語は、労働者に過剰労働を連想させるからだそうだ。紙屋高雪氏が「左派は成長が嫌いか?」でそれを部分的に否定している。しかし、昔の事は知らないのだが、成長が嫌いな左派は、実の所は経済成長万能派が嫌いなだけでは無いかと思う。

1. 経済成長で労働投入の変動が発生する

まず経済成長と労働投入の関係について、理論的にも関係がある事を確認しておこう。「成長」と言う単語には曖昧さがあって、それが国民所得の増加と言う意味だとしても、教科書的にも要因を(1)資本投入、(2)労働投入、(3)全要素生産性(TFP)の三つに分割して考えることができる。ここで、(2)はともかく、(1)と(3)では労働投入は変化しないように思うかも知れないが、動学マクロのモデルでシミュレーションをすると効果が連鎖していくことになる*1。大抵の経済成長はTFP要因だと思うが、それでも経済成長で労働投入の変動が発生するわけだ。

2. 労働投入が残業でもたらされるか、雇用増でもたらされるか

濱口氏は、待遇の変化で雇用水準の振幅を抑えているメンバーシップ(日本)型雇用だと、労働時間が伸びて生活が悪化しやすいと主張している。ジョブ(欧米)型だと労働投入の増加は、雇用量の上昇になるので過労に苦しむ人は減る。長期的には労働時間は減少しており*2、経済成長はQoLを改善するわけだが、ある種の錯覚があってもおかしくない。多忙で死にそうな人も、いる事はいる。

3. 分配や外部不経済を重視し、経済成長を軽視?

ただし、経済成長が賃金の増加をもたらすのは確かだし、全体のパイが小さいと分配するものが無いのは共産主義者や社会主義者も分かっているところ。紙屋氏は、分配や外部不経済を重視しているために、経済成長が軽視されるのでは無いかと指摘している。しかし、濱口氏や紙屋氏のような高尚な議論の上に、成長嫌いの左派が出てきたのかと言うと、そうでは無い気がしてならない。紙屋氏の議論が暗に示唆している気もするのだが、経済成長万能派の乱暴な議論への反発なのでは無いであろうか。

4. 経済成長だけで不平等や外部不経済は解決しない

飲み屋のオジサンたちに限らず、文筆活動をしている人々にも、多様な社会問題を無闇に経済成長が解決の鍵だと主張する、経済成長万能派がいる。半分ぐらいは嘘ではないのだが、中国やインドに限らず環境問題などの外部不経済は経済成長で悪化する事も多々あるし、米国の景気回復の成果が殆ど上位1%の人たちに吸い取られた、中国で経済成長に関わらず内陸部では生活悪化が悪化したなどの話は良く聞く。先進国の失業率が軒並み低いわけでもなく、そもそも政策的に引き起こせる経済成長は限度がある。

5. 異質性のある経済における経済成長の効果は?

理論的にも異質な人々による経済において、経済成長がどのような影響を与えるかは、はっきりした議論は無いように思える*3。経済成長万能派は、こういう懐疑論に対して「経済学の教科書レベルの無理解」と言うが、学部や大学院のコースワークで教わるモデルは代表的個人がいるに過ぎないものがほとんどで、異質性のあるマクロ経済モデルは例外に近いはずだ。むしろ、配分を見直すと経済成長が発生すると言う、因果関係が逆の議論もある*4

6. 成長嫌いは経済成長万能派の暴論に対する反応

さすがに経済成長を重視する人々も、不平等や外部不経済が自動的に解決すると主張する人々は少数だ。ただし、ブラック企業問題に取り組んでいるNPOに経済成長に着目しないのはセンスが悪いと高飛車に言い放ったりする経済成長万能派も現存するわけで、実証的・理論的な背景が脆弱な面もあって、特に根拠は無いのだが、左派には不愉快に思われるような気がする。つまり、左派は経済成長が嫌いなのではなく、経済成長と言う単語にうるさい人々が嫌いなのでは無いかと思われる。

根拠は無いですけどね!

左派の人々の賛否をお待ちしています。

*1資本と労働、労働と余暇が凸な関係からそうなる。例えば標準的なRBC理論で技術(At)が改善すると、国民所得(Yt)、賃金(wt)、消費(Ct)が増加する一方で、労働量(Lt)は瞬間的に増えた後に減少していく。

*2図録▽労働時間の推移(各国比較)

*3ただし、Heterogeneousなマクロ経済モデルは近年に急速に一般化している(Krusell and Smith(2006)Mukoyama(2008)Guvenen(2012))。

*4関連記事: 所得再配分は経済成長につながる

1 コメント:

泰成 さんのコメント...

 日本の「左派」は、近代経済学というよりマルクス主義の理論で考えてと思います。

 マルクスの理論では、剰余価値(付加価値)は常に資本家に蓄積される(資本蓄積)、一方で労働者の給与・待遇は常に最底辺に固定され、技術革新(資本の有機的構成)により、ますます労働者の数は減少し、失業者は増える(相対的過剰人口)と想定しているので、「経済成長=敵」になると思いますが。

 さらに、経済成長は常に保守勢力のドグマで、象徴的な例は池田勇人氏の「所得倍増計画」です。それらに対する反発もあるかと。

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