2012年9月17日月曜日

ジャガイモで学ぶ技術の革新・伝播・選択

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山本紀夫氏の「ジャガイモのきた道―文明・飢饉・戦争」を拝読した。栽培植物としてのジャガイモの歴史を辿る本で、著者が植物学から文化人類学へ専門を変えた人のためか、技術史の本として面白い。

イモでは力が出ない、聖書に載っていないから不浄だと言う人は、21世紀の現在ではかなりの少数派だと思うのだが、ジャガイモへの偏見は多かったそうだ。本書はこの穀類に劣るジャガイモと言う偏見を打破するのが目的らしいが、この偏見なしでも楽しめる。

1. ジャガイモにおける技術革新

第1章と第2章は、ジャガイモの誕生と初期の農耕技術について語られており、紀元前5000年前の農業分野の技術革新を知ることができる。ジャガイモは中央アンデスに野生種があり、それを食べるようになったのだが、ソラニンと言う毒を分泌しているために、工夫なしでは利用できない。まずは加工技術が進歩して毒抜きと保存が可能になり、次に品種改良によって毒が少なくサイズが大きいジャガイモが栽培されるようになった(pp.13–22)。

2. 技術の伝播と疫病リスク

第3章から第5章は、ジャガイモの伝播について語られている。南米の征服者であるスペインを中継して世界に広まっていき、寒冷地での生産性が高いために欧州北部などで熱心に栽培されるようになった事が分かる。特に興味深いのがアイルランドの事例で、ジャガイモの高い生産性が人口増加を支えていたものの、ジャガイモ、それもランパーと言う単一品種に依存していたために、1846年ぐらいからジャガイモ疫病で食料事情が壊滅的な打撃を受けて、ジャガイモ飢餓が発生した。英国の穀物法の影響で食料輸入が十分に出来ない事もあり、全人口の2割弱が失われ、大量のアイルランド移民を発生させた。

3. リスクを考えた技術選択

第6章では、ペルー・アンデスの伝統的農業技術について詳しく説明しており、そこで天候や疫病リスクに二重、三重の備えを行っていることが示されている。著者も言及しているが、アイルランド飢餓のような災害を防止する技術を、ペルー・アンデスの人々は選択をしている事が分かる(P.174--P.182)。

ただし、生産性を大きく犠牲にしている。具体的には5年に1度だけ畑を使い、収量が多い品種よりも病害に強い品種を選択し、さらい多様な品種を同時に栽培している。低緯度でトウモロコシ、高緯度でジャガイモを栽培することでも、リスク・ヘッジを行っているようだ。これは移動距離が大きく、範囲の補完性は無い。

4. 食料安全保障に思いをはせる

終章の最後で、著者はジャガイモの栽培拡大で食料自給率を引き上げ、食料安全保障を確保することを提案しているが、そこでは著者が示すアイルランド飢餓の教訓や、ペルー・アンデスの知恵は全く反映されていない。単一栽培作物で食料自給率を引き上げることが、リスクを大きく引き上げる。小さい経済規模でこのリスクを低減させると、生産性を大きく犠牲にすることになる。農業技術の話をしてきて農業技術以外の解決方法を提示するのは、著者も気が引けたのかも知れないが、自由貿易により収穫リスクをヘッジする方が、現実的な食料安全保障になりそうだ。

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