2012年8月7日火曜日

科学リテラシーの専門家を名乗る林衛と低線量放射線による鼻血発生説

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科学リテラシーの専門家を名乗る富山大学の林衛氏が、低線量放射線による鼻血発生説を唱えている(Togetter, twitter)。オカルトなのだが、オカルトである事を林衛氏が理解できないのか認めたくないようなので、オカルトである理由を箇条書きで説明しよう。

  1. 低線量放射線で鼻血が発生する事象の存在を、林衛氏が実験や調査で示していない。
  2. 林衛氏の主張への疑問に対して、林衛氏は疑義者が否定する根拠を示せと、悪魔の証明を行っている(Twitter)。
  3. 林衛氏は鼻に放射性セシウムがたまると主張しているが、放射性セシウムは体液に溶けて流れてしまうので、部分的に被曝を大きくする傾向は無い(Togetter)。被曝量だけが問題になる。
  4. 福島市の住人の何十倍もの被曝量がある国際宇宙ステーション上の宇宙飛行士*1が、鼻血を流している現象は観察された事が無い。
  5. 既知のメカニズムからは放射線量が低くて、林衛氏の主張を類推できない。造血器官への確定的影響は0.5Gyで症状が確認できるが、症状が線量に応じて急激に変化するので、その数千分の一の被曝では影響を考えられない。

なぜ林衛氏が非科学的なオカルト説を吹聴するのかと言うと、データ分析方法を理解していないから、主張にあったデータを提示できないように見られる。林衛氏は以下のようにも言うのだが、自分が発言している事の意味が分かっていないようだ。

「批判的に質的・判定量的検討を加える」方法が計量分析と言う事になるが、主張の根拠になる分析を示せと言われると、統計解析以外の科学的方法も示さずに、林衛氏は以下のように統計だけが科学ではないと逃げる

既存研究から類推できず、また統計的根拠も無い仮説はオカルトだから。

林衛氏は未だに低線量での危険性を強調しているけれども、鼻血説と同様に主張を裏付けるデータ等を提示できていない。例えば、いかにも科学的に閾値が無いと主張する。

閾値は確認されていないと言う事は、低線量、ここでは2.2μSv/h程度(年間20mSv)程度で健康被害が統計的に確認されている事になる。さて林衛氏が言及しているであろう論文*2を見てみよう。全然確認されていないから。誤差よりも観察された過剰相対リスク(ERR)が小さい。

また、林衛氏はICRPの防護基準から放射線リスクがあると主張している(市民研アーカイブス)。これは、放射線リスクに余裕を加えて防護基準を作っている事が理解できず、またICRPが提示している図表を曲解している。

赤線部分の回りくどい表現に注目して欲しい。年間10mSv以下だと危険性を確認できず、100mSv以下でさえ約十万人と言う膨大な観察数で、危険性を観察できるかもと言っている。林衛氏の主張を全くサポートしない

そもそもICRP pub 103を見ると、防護基準であってリスクを示していないと明示している(NHK追跡!真相ファイルについて)。

The collective effective dose quantity is an instrument for optimisation, for comparing radiological technologies and protection procedures, predominantly in the context of occupational exposure. Collective effective dose is not intended as a tool for epidemiological risk assessment, and it is inappropriate to use it in risk projections.(集団実効線量は、主に職業被曝の文脈で、放射線防護の技術や手順を比較し、(放射線防護を)最適化するための道具である。集団実効線量は疫学的リスクを計算するためのものではないし、それを使って将来のリスクを推測するのは不適切である)

ICRPが防護基準としてLNT仮説とALARAを採用している(「ICRP111から考えたこと」を参照)事の是非はともかく、低線量域でのLNT仮説については多くの研究で疑問を出されている*3。Twitter上では林衛氏が危険性を煽り、他の人に突っ込まれる展開が続いている*4が、科学的知見がどのような分析方法でサポートされて来ているのか理解できないのであれば、科学リテラシーの専門家を名乗るのは辞めた方が良いと思う。単なるオカルトでしかない。

*1宇宙飛行士は特別に強い人間だと思われるかも知れないが、アナウンサーで宇宙に行った秋山豊寛氏が鼻血に苦しんだとも聞かない。

*2Ozasa K et al.(2012) "Studies of the mortality of atomic bomb survivors, Report 14, 1950-2003: an overview of cancer and noncancer diseases," Radiat Res, Vol.177(3), pp.229-43

なお、この論文は以下のようなモデルを推定しており、閾値も計算している。

(死亡率) = λ・[1 + ρ(被ばく量)・exp(τ被ばく時年齢 + ν・ln(到達年齢))・性別ダミー] where λ:被ばく時年齢, 到達年齢, 性別ダミーで分けたコーホートの死亡率

ρ(・)は線形、二次方程式、二乗項のみの三パターンがあり、最尤推定を行っている。閾値はρ(被ばく量)=β・max(被ばく量-閾値,0)と線形を仮定した上で、0.01刻みで尤度が最大になるものを選択して閾値=0を推定したようだ。

この分析で閾値なしの低線量の健康被害が確認されたわけではない。低線量域だけのサンプルで有意性が観察できない事は変わらないからだ。また、95%信頼区間の上限は0.15Gyとなっており、20mSvや100mSvの閾値を棄却するものではない。

*3防護基準で低線量被曝にも、LNT仮説を採用させる根拠は三つあるようだ(BEIRⅦ報告書 【翻訳】)。(1)広島・長崎LSSデータ、(2)オックスフォード小児がん調査(Oxford Survey of Childhood Cancer)、(3)放射線生物学の細胞DNA損傷に関する研究。ところが三つとも、科学的に低線量被曝の健康被害を示せていない。

広島・長崎LSSデータは100mSv未満の被曝量での健康被害に関して、統計的に有意な健康被害を示せていない。オックスフォード小児がん調査は、母体がX線検査で10mSvの被曝を受けた子どもの小児がんリスクが1.5倍になると言うものだが、そもそも母体がX線検査を受けているので先天的な問題を抱えている可能性がある(中村(2007))。放射線生物学の細胞DNA損傷に関する研究は、DNA損傷を示す事ができているが、DNA修復機構の評価ができていない。最近の研究(MITnewsBerkeley Lab News Center)では、低レベルの被曝ではDNA修復機構は効率的に機能する事が示されつつある。

金子正人「疫学研究の現状としきい値問題」では、BEIR VIIで低線量域のLNT仮説を科学的であるとした事に関して、以下のような批判が起きている事を述べている。

  1. フランスの医学アカデミーと科学アカデミーが合同でまとめた報告書では、低線量域(100 ミリシーベルト以下)でLNT 仮説を適用することは過大評価だと指摘
  2. 米国エネルギー省は、広島・長崎のデータの公表された解析のみを用いて、LNT 仮説の使用を再び是認したことに科学界の多くが懸念している、と批判
  3. 米国保健物理学会は、低線量では健康影響のリスクは小さくて観察できないか、あるいは存在しないと声明

加えて言えば、チェルノブイリの経験(金子(2007))やネズミでの実験結果(S. Tanaka et al.(2003)ATOMICA)も、低線量被曝の危険性を否定している。LNT仮説に関する論争は色々あるが、どちらかと言うと懐疑的にとられていると考えて良いであろう。ラムサールやガラパリの高線量地域に住んでいる人々の存在や、1日当たり1mSvと言うISS滞在宇宙飛行士の被曝量(JAXA)も、LNT仮説に疑問を投げかけている。

*4林衛と言う科学リテラシーの専門家」「徹底討論~ICRP勧告に対する認識の相違はなぜ起こる?」『低線量被曝、そして「放射能で鼻血」に関するみなさんの議論

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