2012年7月3日火曜日

「デフレ脱却優先論の論理的陥穽」に関して説明を試みる

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慶應大学の池尾和人氏が「デフレ脱却優先論の論理的陥穽」で、インフレ目標の設定でインフレをどうして引き起こせるのか、トランスミッション・メカニズムを「(馬淵氏以外の方でも結構なので)提示すべきだ」と説明を求めている。

確かに貨幣量が物価を決定するというマネタリスト的な議論が見られ、彼らの主張は「流動性の罠」を無視している。しかし高いインフレ目標の設定は、「流動性の罠」を認めた非マネタリスト的な文脈でもなお有効だと思われるので、その説明を試みたい。

1. 名目金利予想からの投資・インフレ促進効果*1

投資を行う企業を考える。投資はインフレ圧力になる一方で、投資収益は名目金利に依存するとしよう。

ここで、日本銀行が、(a)インフレ率1%でも金利を引き上げ景気を減速させるとする可能性と、(b)インフレ率3%ぐらいまでゼロ金利を維持する可能性があるとしよう。企業は、(a)の場合は赤字になり、(b)の場合は黒字になると考える。

過去の実績から、日本銀行が黙っていたら(a)と考えるのが妥当であろう。市場は2006年のゼロ金利解除を忘れていないはずだ。すると、企業投資でインフレ率1%を超えてしまうかも知れないので、企業投資できない。しかし、(b)を宣言したら市場は信じるかも知れない。

(b)が信じられたらインフレになるし、信じられないとデフレのままになる。なお、デフレのままでも日銀総裁が恥をかく以上の問題は無い。

2. どの程度のインフレ目標が必要か?

クルッグマンは、インフレ非加速的失業率(NAIRU)を超える雇用水準となる投資量をもたらすように、十分に高いインフレ目標を設定するように主張している。投資が拡大されても、需給ギャップが埋まるまではインフレが発生しないと考えているようだ。日本銀行もインフレ率3~4%ぐらいのインフレ目標を設定すべきかも知れない。

3. デフレ脱却による効果が期待できる理由

池尾氏が因果関係の取り違えでは無いかと疑問を呈する、馬淵氏の言う「デフレ脱却による株価の上昇や設備投資の活発化、企業収益の改善」を代弁したい。

デフレが先か不況が先かの因果関係は分からない。しかし、デフレに不況を加速する効果はあるはずだ。流動性の罠にあるのだから、それ自体が需給ギャップが存在していると考えても良いであろう。自然利子率=実質利子率でないと需給は均衡しないので、実質利子率が高止まりしていると考える事ができる。つまり、自然利子率<実質利子率。

名目金利はほぼゼロなので、名目金利をこれ以上下げるわけにはいかない。インフレになれば、自然利子率=実質利子率を達成できる可能性がある。

4. 財政への悪影響は軽微

脱線した議論だが、財政への悪影響は軽微だと思われる。名目金利が上昇すれば財政悪化になるが、インフレ率の上昇は政府収入の増加ももたらす。悪影響と好影響のどちらが大きいかがポイントになるが、ここで自然利子率が負である可能性を思い出して欲しい。実質利子率が自然利子率を下回るまでは、インフレが進んでも中央銀行は名目金利を動かす必要が無い。

5. 馬淵氏への補足

上述の説明だけだと、高いインフレ目標を肯定して終わりに思われそうだが、留意して欲しい事項が多々ある。

量的緩和の効果には疑念が強くある*2。生産年齢人口の減少などの影響の方が恐らく大きい*3し、そもそも2001年~2010年までの一人あたりGDP成長率は日本が米国やEUよりも高く『不況』であったかも議論の余地がある(The Economist)。また名目金利が同じ、もしくは上昇する事から、短期的には円高誘導効果があっても、円安誘導効果は無い*4。そしてインフレ自体に所得移転効果があるため、厚生評価には注意が必要だ。

*1ノーベル賞経済学者のクルッグマンの説明をベースに簡略化している。

*22001年から2006年の量的緩和のときの計量分析は多数行われているが、統計的に有意にインフレ率や為替レートに作用した形跡は確認されていないように思える(関連記事:何だか怪しい量的緩和の計量分析)。

*3生産年齢人口の減少を反映して日本の自然利子率は低いと考えられるので、そこに何らかの大きな資本減耗が発生すれば負の自然利子率がもたらされる可能性がある(平田(2012))。1998年~2002年ぐらいまで実際に負であったと言う報告もある(小田・村永(2003))。

*4一般には、短期的には名目金利差、長期的にはインフレ率の差で変化すると考えられる(翁邦雄「金融政策と為替レート -為替レート決定理論とソロス・チャート」経済セミナー,2011年10・11月号 (No.662))

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