2012年5月19日土曜日

現代マクロ経済学の基本モデルを知る

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以前に「イマドキのマクロ経済学には非自発的失業はねぇ!」と言う重鎮の若手への説教があったのだが、「良く勉強してから発言しろ!」では経済学の素養が無い人には事情を理解できないと思うので、解説してみたい。つまり、イマドキのマクロ経済学の基礎、実物的景気循環理論(RBC)における失業だ。コースワークで上級マクロ経済学を履修した人には、常識的な話となる。

1. マクロ経済学史の中心にいるRBC

Wikipediaの記述に詳しくあるが、1937年にケインズの一般理論をヒックスがIS-LMモデルで解釈を行った後、新古典派の動学成長モデルがソロー・スワン・モデルから50年代、60年代に発達した。以前にDiamond OLGモデルを紹介したが、同じ年に開発されているRamseyモデルがRBCのベースになっている。

Ramseyモデルはマクロ経済学への貢献だけではなく、オイラー・ラグランジュ方程式やハミルトニアンを駆使する事によりミクロ計量実証の研究者を増やしたと言う意味で、伝説的なモデルだ。ただし、資本蓄積の決定要因を内生化したモデルで、失業や景気循環などが無い。

60年代後半から70年代前半にインフレ率が高いが成長率が低いと言うスタグフレーションが発生し、IS-LMモデル(もしくはAD-AS)の信頼性が低下した。また、ミクロ的基礎付けが無いと言うルーカス批判から、ミクロ的基礎付けがあり、貨幣の中立性を仮定したRBCモデル群が生まれたと考えられる。

マクロ経済的に厳密な話では無いと思うが、教科書的なRBCモデルはラムゼー・モデルに余暇と技術ショックを導入している。余暇は失業を表し、技術ショックから均衡点に戻る過程が景気循環を表す。実物ショックが、景気悪化による失業者の増加をもたらすモデルになっている。

RBCはテクニカルな貢献も大きく、それ以前は単なる数理モデルで解析解を求めていたのだが、RBC以降はシミュレーション(カリブレーション)による数値解析と言う手法が一般化した。その後、価格硬直性等の様々の要素をモデルに組み込む試みが行われ、今ではDSGEと呼ばれるようになっている。

2. 教科書的なRBCの構造

非自発的失業が無いと言うのを、RBCで見ていこう。嶋村(1995)工藤(2009)を参考にしている。厳密にはそちらを参照されたい。

家計部門の効用関数を定義する。Uが効用、βが割引率、tが期、Cが消費、Lが余暇(=失業)だ。出だしで失業があるのだが、その値は後で家計の効用最大化問題として、つまり自発的に決定されることになる。

(1)

u(・)はu'>0、u''<0、u'(0)=∞、u'(∞)=0と言うwell-behavedな仮定が置かれる。批判の多い無限期間生きる個人の効用最大化問題だ。

企業部門の生産関数も定義しよう。F(・)もwell-behavedであり、t期の生産量Yは技術的ショックAと、労働N、資本Kで決定される。

労働力Nは、余暇とのトレードオフなのでN=1-Lとなる。

消費と投資もトレードオフになっている。

資本Kは投資Iの蓄積になるが、毎期、減価償却率δだけ減損していく。

生産と消費、資本の関係をまとめると以下のようになる。

(2)

ここでは家計と企業が同一の経済主体である事を仮定しよう。厚生経済学の第一定理が成立するので、多数の同質の家計や企業が分権的に存在する場合でも、結果は同じになる。式(2)を制約とした式(1)の最大化問題によって、家計の行動、つまり失業や消費が決定される。ラグランジュアンを置こう。

つまり、Kt+1(=It)、Ct、Nt、λtでの偏微分が0になる事が通期で効用最大化となる点になる。

(3)
(4)
(5)
(6)

λtとλt+1が邪魔なので消去しよう。式(4)のtとt+1のケースを式(6)に代入して整理する。

左辺はt期とt+1期の消費の限界効用の比で、右辺は実質利子率の逆数となる。

次に、式(4)と式(5)を整理する。

右辺は実質賃金になり、消費と余暇の限界効用の比がそれに一致する。

さらに、以下の横断性条件をつける。これが無いと、子孫のために貯め込み続ける家計が出てきておかしい事になる。

具体的な効用関数や生産関数を置く事により、モデルを解析的、もしくは数値解析的に解く事ができる。ただし、コブ・タグラス型関数でも無い限り、解析的には容易には解けない。良く見ると未知変数が5つ(Kt+1(=It)、Ct、Nt、λt、λt+1)で、横断性条件以外の扱いやすい方程式は4つ((3)~(6))しか無いのだよ。だから、線形化したりして数値解析する事が多くなる。

3. RBCでの分析方法とディープパラメータ

数値解析を行う場合は、αやβと言うパラメータに具体的な数値をつける必要がある。これをディープパラメータと言うが、計量分析でパラメータを特定する試みが行われているが、この値が妥当なものなのか厳密には良く分からない。ここも良く批判されるている。しかし、ディープパラメータを仮定すれば、技術ショック、つまりAtの変化がいかに経済に影響を与えるかを分析する事ができる。

上の図は、とあるブログで引用されていた、とあるRBCモデルの数値解析結果だが、景気循環と言うかインパルス応答列が出来ている事が分かる。

4. RBCの構造と分析手法は、その後も踏襲

Kydland and Prescott (1982)が開発したRBCモデルは、ミクロ経済学的な基礎を持ち、実物ショックがマクロ経済にもたらす影響を分析する事ができる。価格硬直性やインフレ率の影響などは、RBCを改良、もしくは改悪させたDSGE/New IS-LMモデルに組み込まれているが、基本的な構造やカリブレーションと言う分析手法は踏襲されている。

下に参考文献をあげたが、これにmakoto nakajima’s homepage: macroeconomics, computational methodsを読めば、一通りの流れが勉強できるそうだ。

RBCが現代マクロ経済学のベーシックであるのは間違いない。キドランドとプレスコットは、RBCモデルのフレームワークを提供し、さらにその分析手法を整理したことから、2004年にノーベル経済学賞を受賞している。

5. 経済学者らしい言葉遣い

RBCが好きか嫌いかは別れると思う。DSGE批判にも通じるわけだが、永遠に生きる代表的個人がいて、失業と余暇は同じもので、貨幣の存在や影響は無く、しかも例外的なケースを除いては解析的に分析ができない。しかし理論的には厳密であり、ある種の経済現象を説明できるし、基礎だ。

経済学者は常に理論モデルを背景に主張する事を求められるので、「非自発的失業」と言うとRBC/DSGE等の理論的背景が無い議論だと言う事になってしまう。ミクロ経済学で効率賃金仮説では非自発的失業もあるし、サーチ理論の摩擦による失業を非自発的失業と定義しても良いかも知れないが、一般の議論では無い。「非自発的失業」と言う言葉自体よりも、モデル無き言説になっていたので怒られたのであろう。

himaginary氏が東京大学大学院経済学研究科の吉川洋氏が著作でRBCを批判している事が、問題の若手と何が違うのか疑問を呈していたのだが、吉川氏はRBCモデル自体を批判しているのであって、モデル・レスな議論ではない。言葉の裏側に理論があるか否かが、経済学の訓練を受けたか否かの違いになると思われる。

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