2012年5月4日金曜日

コーヒーと搾取とブロガー

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飲食店でのコーヒー飲料の価格に占める原価のうち、コーヒー豆が微々たる額である事が話題になっていた(facebook)。

単にサービスが高コストであるだけの話で、コーヒー農家に利益を持たせようと言うフェアトレードを正当化する数字では無いのは確かだ(やまもといちろうBLOG)が、定期的にこの話題が持ち上がるのは興味深く、また、全般的に思考が足りない人が多いのが気に障る。

1. 『搾取』って何?

元ネタ画像に添えられたネタ提供者自身のコメントに「どの業界でもたいてい個人が稼いだお金が給料として返ってくるころには搾取されきってます」とあるので、誰かが誰かを搾取していると言う主張なのだと思う。今回のケースに限れば、飲食店がコーヒー農家を搾取していると言う主張であろう。しかし、ここで言う“搾取”とは何であろうか?

2. 強制労働/奴隷労働は『搾取』

Wikipediaの見ると、他人の労働の成果を無償で取得することを意味するそうだ。この時点で転職の自由があり、労働市場で賃金が定まる社会では、搾取はありえない事になる。

コーヒーでは無いが、カカオ豆の生産農家では児童労働や強制労働があるらしい(cnn)。児童労働は貧困から来る合理的な行動の結果である可能性が高いものの、強制労働や奴隷労働は搾取と言えるかも知れない。ここでは、そう定義しよう。

3. コーヒー農園に強制労働/奴隷労働はあるのか?

コーヒー農園の賃金が安い事は知られているが、そこを辞めて他で働く自由はあるとすると、強制労働と言うわけにはいかない。法定最低賃金$2.85/hで常時雇用者の賃金が$2.33/hと違法状態ではあるそうだが、法定最低賃金以下でも職が無いよりマシなのかも知れないし、この事だけでは『搾取』とは言えない。また、コーヒー農家は自ら持つ資本で事業を展開しているわけだから、強盗の類以外に『搾取』される事は無いはずだ。

4. 小規模農家の生活もフェアトレードを正当化しない

ありきたりの話で終わるのかなと思ったら、小松原織香氏がブログで的を外した批判をしている。曰く、「農家が暮らしていけるだけの収入が保証されているのかどうか」が問題で、「グローバル化した市場では、巨大な農場で安定した生産物を供給できる農家が有利であり、小規模の農場の農家は不利」だそうだ。これでフェアトレードを正当化するには、幾つも問題がある。

  1. 他の仕事よりマシだから、何とか暮らしていけるからコーヒー農家をやっているので、農家の収入水準自体は問題ではない。コーヒー豆の価格だけが問題なら、コーヒー農家が大幅に減少して、コーヒー豆価格は上昇する事になる。
  2. ブラジル農家の作況は市場価格に反映されるが、アフリカの作況は市場価格に反映されない事は、アフリカ農家が不利とは言い切れない。市場価格が上がったときに、不作のブラジル農家が利益を得る可能性は少ないが、豊作かも知れないアフリカ農家が利益を得る可能性は高いからだ。
  3. ブラジル農家が50セント/ポンドで生活費が賄えて、アフリカ農家が150セント/ポンドで賄えないと言う事は、そもそもの費用効率性の違いが問題だと言う事だ。アフリカ農家は小規模で資本装備率が低い事が指摘されているのだから、大規模化/機械化できない理由の方が問題なはずだ。

小松原氏は自分で小規模とか大規模と書いているので、ブラジルとアフリカの費用効率性の違いが、規模経済性に依存する事に気付いているはずだ。問題は買取価格では無くて、アフリカの農家が小規模なままだと言う事だ。

現状維持、つまり小規模農家を救済する事を前提としてしまうので、他の業種との相対的な収入の良さや、現状の生産方法の問題点を思考から排除してしまうのであろう。小規模農家が生活保証されるファンタジーな世界を前提としすぎだ。

5. 上手く立ち回るブラジル、そうでないアフリカ

東・東南アジアの経済成長で嗜好品の需要も堅調に伸びている事から、コーヒー豆の価格推移は一時に比べれば堅調だ([世] コーヒー豆価格(アラビカ種)の推移)。コーヒー栽培地を北東部に移動させ霜害の被害を減らしたブラジル農家は、収益機会を良く享受できるわけだ。

逆に、タンザニアのキリマンジャロでは降水量が減少しており、エチオピア産コーヒー(モカ)から何度も基準値を超える残留農薬が検出されてブランド力を低下させた事などが、その収益力の低下に響いているようだ(高収益農業研究 アフリカのコーヒー産業と日本の貿易・援助 -タンザニアとエチオピアのコーヒー産業及び輸出促進に対する支援策等-)。アフリカの農家は、収益機会を十分に掴みそこなっている。

6. フェアトレードが開発途上国の可能性を摘み取るか?

フェアトレードが開発途上国の可能性を摘み取ると言う批判があるのだが、フェアトレード自体は交易条件が改善するし、特に他に収益力の高い栽培作物も無く、労働力が不足している状況でも全く無いので、こちらも実態と乖離した批判になっているように思える。

追記(2012/05/04 17:45):ブログ主のフロッグ&トード氏に確認をしたところ、フェアトレードの流通網が小さく、規模非効率性があると言うことが彼らの批判のポイントだそうだ。加納(2010)ではこれに加え、非フェアトレード品の価格が値下がり生産者が打撃を受けること、生産行動に影響を与えうる事を問題点として指摘している。

7. Don't jump to conclusions!

先進国の一般的な労働者よりも、途上国のコーヒー農家の生活が苦しいのは確かだ。しかし、コーヒー豆の価格が安いからとか、さらに市場システムが不当にコーヒー豆の価格を統制しているような結論に飛びつくのは、真実を隠す行為なので問題だ。「搾取」とか「貧困」とか分かったような気になる単語は多いけれども、それが何を意味するのか、問題を適切に説明する用語なのかは良く考える必要がある。

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