2012年4月9日月曜日

日本経済に関する10の俗論のまとめ

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インターネット上では日本経済に関する誤解が少なからずあるようなので、主にマクロ経済で勘違いしているのを見かけたものをリストしてみた。

高齢化による生産年齢人口の減少の影響を確認しつつ、財政、消費税、為替レートに関する俗論を否定する内容となっている。

インフレターゲティングなどへの誤解も多い気がするのだが、以下を抑えておけば経済評論家の類が吹聴する俗説に騙される可能性は低くなるはずだ。

1. 日本経済はずっと停滞している?

ここ10年間のGDP成長率がEUや米国に劣るので、日本経済はずっと停滞していると主張する人がいるが、一人当たり成長率にすると、むしろEUや米国よりもよい(左図、"Whose lost decade?"より転載)。考えようによっては米国の2.29倍も成長している(The Economist)。

失業率もEUや米国よりは低い。景気の基準をどこに置くかが問題だが、単純に長期低迷とも言い難い状況になっている。

EUや米国の水準で満足すべきだとも思わないし、失業率の上昇傾向は社会問題となっているが、ずっと不適切な経済政策で低迷していると断定する事はできない。

2. 日本は貯蓄大国?

日本人は貯蓄好きなのは変わっていないのだが、高齢化により貯蓄率は低下している。勤労世帯の家計黒字率は変わらないが、日本全体の貯蓄率は低下気味(Garbagenews.com)。

3. 『「人口減少」責任論』はおかしい?

デフレの原因になるかは別として、生産年齢人口の減少は歴然とした事実である。GDP成長率は、技術進歩、資本増加率、労働増加率の三つに要素分解する事ができる。そして、日本は他国と比較して労働増加率はとても低い。クルッグマンも認めているし、GDP成長率と一人当たりGDP成長率の差も大きく、停滞の主因と言って間違いない。

2000~2010年の年平均労働人口増加率
国名 略称 増加率(%)
日本 JPN -0.569
アメリカ USA 1.104
カナダ CAN 1.182
イギリス GBR 0.634
ドイツ DEU -0.278
フランス FRA 0.520
イタリア ITA 0.226
スウェーデン SWE 0.606
ロシア RUS -0.060
韓国 KOR 0.569

4. 人口減少デフレ論はトンデモ?

理論的にはトンデモで、経験的にはトンデモでもないと言うべきであろう。強い根拠は無いが、そういう法則もある。

労働力は就業者数と失業者数の合計を表す。青い線は決定係数0.146だが、切片項も労働力増加率の係数も1%有意になっている。赤い線は決定係数0.394で、切片項は有意性が無いが、労働力増加率の係数は1%有意になっている。

5. 政府は増税ばかりして来る!

過去30年間を振り返ると、80年代から所得税減税と法人税減税を繰り返し、消費税を導入し、1回引き上げている。バブル前の1986年はGDP比税収の税負担率は25.2%となっているが、リーマンショック前の景気の良い2007年は24.5%、2011年は22.0%に過ぎない。むしろ、政府は減税してばかりしているわけだ(総務省 - 国民負担率の推移(対国民所得比))。

手取りの率が増えていないって? ─ そう、手取りの率は増えていない。それは何故かと言うと高齢化により社会保障負担率が増えているからだ。社会保障負担率は、1986年が10.1%、2007年は15.0%、2011年は16.8%である。税負担率と社会保障負担率の合計である国民負担率は、1986年が35.3%、2007年は39.5%、2011年は38.8%となっている。

6. 一般財政は均衡しなくてはいけない?

財政再建の目標水準の話だが、別に収支均衡させる必要は無く、破綻しなければ良い。多少は財政赤字で無いと、世の中に出ている通貨が不足するので不況になる可能性があるぐらいだ。

破綻しない条件としてはドーマー条件やボーン条件があり、長期的にはこれを満たしておく必要がある(ボーン条件とドーマー条件)。これはフローの条件なので、ストックである埋蔵金が隠されていても満たさないといけない。現在の財政収支はこの条件を満たしていないので、財政再建が言われている。

なおドーマー条件を満たしていても、収入の9割が国債発行で、支出の9割が国債償還にあてられるような財政状態ではショックに弱くなる。一つの指標である事には注意する必要がある。

7. 消費税は公平?

逆進性があるので不公平。財政学者が消費税の逆進性を否定するときは、ライフサイクル仮説を前提にしている。これは、稼いだお金は一生のうちに使い切ると言う仮説で、お金持ちは遺産を残さない世界の話だ。しかし、平成22年度年次経済財政報告の記述では「70歳以上では・・・消費性向は100%前後であり、貯蓄は取り崩していない」と日本で不成立な事が分かっている。

8. 消費税は景気に悪い?関係ない?

1997年の消費税5%化のときに消費が低迷したので危惧されているが、逆進性や所得効果の影響を除けば、消費税は消費を低迷させない。将来消費税が廃止される可能性があるなら消費を抑制させる可能性があるが、そんな事は無いからだ。

1997年のときは何だったのかと思うかも知れないが、駆け込み需要の反動と、消費の長期下降トレンドで説明できると考えられる(Cashin and 宇南山(2011))。

ただし、あらゆる増税は、政府支出の拡大が無ければ、つまり財政再建を行えば、その分は景気は悪くなる。IS-LMで言える単純な話だが、リカードの中立命題が成立しているはずもなく、そうは否定されないであろう。

9. 量的緩和で円安誘導は可能?

通常は可能、現状は不可能。短期的には金利、長期的にはインフレ率が為替レートを決定すると考えられているが、日本の金利は限界まで低いので量的緩和をしても金利は下がらない。また、量的緩和期にインフレ率が上がる気配もない。

なおマネタリーベースで説明するソロスチャートは大きく当てはまらない時期があるし、修正ソロスチャートは現金と法定準備金の比率を見ていて、政策変数が無い。法定準備金を上げたら、マネーサプライが減るし、市中の現金は操作できない。

金利ではなくてマネタリーベースの方が説明力があると思っている人は、以下の図を見て欲しい。大抵の場合は、金利の方が当てはまりが良い。

なお、フォーマルにはVAR/VECMで分析を行う方が望ましい(関連記事:何だか怪しい量的緩和の計量分析)。

10. インフレになったら為替レートが下がる?

半分本当で、半分嘘。長期的にはインフレ率と為替レートには相関があるのだが、購買力平価為替レートと名目為替レートのギャップが半分埋まるのに3年以上かかると言われている。実際に、日本は購買力平価為替レートがずっと名目為替レートより高いが、何十年と一致したことがない。

米国の方がインフレ率が高かったのに、2003年からの円/ドルレートはドル高推移だったし、最近のブラジルは高インフレ率とレアル高に悩まされている。

投資家の実質収益率=投資先の名目収益率-居住地インフレ率となるため、投資先のインフレ率は為替レートを直接決定しないのであろう。もちろん高インフレ率による物価・賃金高は、長期には投資先の収益率を押し下げるので、長い目で見ると影響がある。

2 コメント:

ease さんのコメント...

参考になりました。素晴らしい記事ありがとうございます。

5.の増税の話ですが、国民負担率ベースで見ると確かに増税していない、社会保障負担が伸びただけ、と仰るとおりだと思います。
しかしその社会保障負担が伸びたのと同じ原因によって労働人口比率も減少しているため、
労働者一人あたりにかかる税金という視点で見れば、現実としては増税されているのではないでしょうか。
労働者が減った分、一人あたりから多く貰わないと横ばいにはならないはずですから
租税負担が横ばいとなっている事実こそが、イコール、増税を意味しているのだと思うのです。

例えば会社で、今まで3人でやっていた仕事が1人退職した為、2人でやらざるを得ないとなったとき
仕事量は1.5倍になるわけで、それを「仕事の量は増えてないよ」と言うのはブラック会社だけです。
実際のところ、社会保障負担が3%程増えた分、労働人口も3%程減っていますので
1労働者の立場から見ると(どんぶり計算で)合わせて6%超もの手取りダウンとなります。

この国民負担率の統計は労働人口比率の統計と合わさることで、人口減少・高齢化が二重の意味で庶民を苦しめている、
ということが顕著にわかる資料になるのではないかと思います。
素人なので誤解がありましたら大変申し訳ありません。失礼致しました。

uncorrelated さんのコメント...

>> ease さん
コメントありがとうございます。

現役世代の納税者一人あたりの負担率が高くなっているのは御指摘の通りですね。

このエントリーの主張としては、政府が無駄遣いと増税を続けているわけではないと言う事ですが、負担増感がどこから来るのか、もっと分析をする必要がありました。

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