2012年3月27日火曜日

何だか怪しい量的緩和の計量分析

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三菱UFJリサーチ&コンサルティングの片岡剛士氏が「量的緩和の効果については実証分析がすでに行なわれております」と言っている。

それを紹介してくれた人がいたので、片岡氏が量的緩和の効果を確認していると紹介している本多・黒木・立花(2010)と、原田・増島(2008)をざっと眺めてみた。しかし、効果があったと言えるのか疑わしい。

1. 先行研究では効果有り無し両方ある

本多・黒木・立花(2010)によると、Kimura et al.(2002)とFujiwara(2006)では量的緩和に効果が無かったと分析されているそうだ。この辺りは選択するパラメーターや計量手法によって、効果が計測できたり、できなかったりするのでやむを得ない。原田・増島(2008)によると、原田・権(2005)では、マネタリーベースが生産や物価に影響を与えているそうだ。

2. マネーサプライへの影響 ─ 不明

マネタリーベースよりもマネーサプライ(M2+CDやM3、M4)の方が市場流通しているお金の量に近い。当然、金融政策の波及経路としてはMBとMSの関係が重要になる。しかし、本多・黒木・立花(2010)と原田・増島(2008)では分析されていない。

3. 金利への影響 ─ 引き上げ

マネタリーベースが増えたら、金利が下がるはずだ。本多・黒木・立花(2010)では、5、7、10年物金利が上昇している。原田・増島(2008)でも長期金利を引き上げる効果があるようだ。金利が引きあがると景気に悪そうだ。

3. 銀行貸出量への影響 ─ 削減

マネタリーベースが増えたら、融資が拡大するはずだ。本多・黒木・立花(2010)では、有意性は強く無いが、銀行貸出が減少している。原田・増島(2008)でも有意性は無いが銀行貸出が減少している。量的緩和の効果で融資が減ると言う事になる。

4. インフレ率への影響 ─ 無し

量的緩和政策は脱デフレを主目的としているが、本多・黒木・立花(2010)では影響が無く、原田・増島(2008)では効果が明示されていない。あったら書くだろうから、恐らく無いと言えるであろう。

5. 為替レートへの影響 ─ 無し

量的緩和の期待として、円安誘導がある。しかし、本多・黒木・立花(2010)では、ほとんど影響が無い。原田・増島(2008)では短期的に円高、中期的に円安に振れるが、有意性はない。

6. その他の効果 ─ ???

本多・黒木・立花(2010)では鉱工業生産、原田・増島(2008)では全産業活動指数や株価を高める効果がある事を示している。金利が上がって、銀行融資が減って、生産活動や株価が上がる事になるのだが、これは量的緩和の効果と言えるのであろうか?

7. 推定方法に疑義 ─ 単位根の影響が疑われる

本多・黒木・立花(2010)も原田・増島(2008)もレベルVARを用いている。金利以外のデータを対数化した指数間の関係を見ているようだが、これは危うい。

時系列データでは非定常と言って、だんだんと増加/減少して行くデータがある。しかし、東京の人口と大阪の人口が同時に増加したとしても、それで因果関係を説明する事はできない。都市化と言う別の要因が隠れているだけだ。時系列データではこういう見せかけの相関が良く起きる。

本多・黒木・立花(2010)は2001年から2006年、原田・増島(2008)は2000年から2006年の期間を分析しているが、この期間の大半(2001年3月~2006年3月)はマネタリー・ベースは右肩あがりに増大している。そして、鉱工業生産指数を見ると2002年~2008年までは右肩あがりに増大している。マネタリー・ベースが上がったら鉱工業生産指数が上がった、下がったら下がったと言う関係ならまだしも、こういう非定常データでは正しい分析結果を得ることができない。

確かに最近のVARではレベルVARをみる事が多いのだが、データ分析期間が適さないように感じる。

8. 総括 ─ 量的緩和には効果が無い

本多・黒木・立花(2010)と原田・増島(2008)を見る限り、量的緩和の効果は以下のようにまとめられる。

  1. マネーサプライへの影響が不明
  2. 金利を引き上げる
  3. 銀行貸出量を削減
  4. インフレ率への影響は無し
  5. 為替レートへの影響は無し
  6. 鉱工業生産や株価への影響は統計手法上の問題が疑われる

(6)は厳しい見方だが、(1)~(5)から見るに量的緩和が鉱工業生産や株価に影響する明確な理由が無いので、看過するわけにも行かないであろう。

結論は、量的緩和には効果が無いと言わざるを得ない。片岡剛士氏がこれらを引用しつつ「これらの実証研究では、量的緩和には(わが国の場合でも微弱ではあったが)効果はあった」と主張する理由は分からないが、論文は前文と結論以外の部分、特に図表も見てから紹介するべきだ。

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