2012年3月27日火曜日

とある為替レート決定理論の計量分析に関して

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白川方明日銀総裁のかつての論文、白川(1979)「マネタリー・アプローチによる国際収支・為替レートの実証分析 -わが国のケースを中心に-」の推定モデルを最近のデータで分析しているブログがある。

分析の目的は分からないが、分析方法もデータセットも明示されていて、一見すると特に問題が無いように思える。しかし、白川(1979)にも言える事だが、分析手法が妥当ではない。単に試しただけに思えるので、本来ならば批判するような内容ではないが、量的緩和で円安誘導を主張する人が頻繁に参照するので問題点を指摘したい。

1. 非定常データにOLSは問題

非定常データとは、ランダムウォーク過程にある数値列だ。80年代以降、非定常データを単純な手法で分析する事は問題があることが知られるようになった。非定常データ同士で回帰分析をかけると見かけ上の相関が出るので、重相関係数や統計的有意性に信頼が置けなくなる。

解決方法は開発されていて、階差を取り単位根を消してから、共和分を確認してVARVECMなどの方法で分析する必要がある。白川(1979)の手法は、現代的な計量分析では用いる事ができない。

特に2000年以降の量的緩和期のマネーサプライは一方的に増加しており、鉱工業指数なども改善が続いていた一方で、リーマンショック後は全く逆の動きになるので、見せかけの相関が出やすい可能性がある。

2. 理論と係数の符号が逆

白川(1979)は構造方程式から推定式を導き出しており、係数の符号が予想されている。しかし良く読むと、金利の符号が理論部分と逆だ。予想インフレ率の上昇が、名目金利を押し上げているため、購買力平価アプローチにより円安になると説明されている。ブログの方では、米国の金利の符号が理論通りで、日本の金利が逆と説明のつかない状態になっている。

理論がおかしいと思うかも知れないが、これは計量手法がおかしいためだ。

3. マネーサプライと金利の危うい関係

理論部分を良く読めば分かるが、マネーサプライと金利は相関を持つ変数同士だ。二つ同時に説明変数に入れておくと多重共線性と言う誤差項が大きくなる問題が発生する。また、為替レートの変化で通貨需要が変化する事もありえる。為替レートとマネーサプライは同時性を持つ可能性があり、この場合は一致推定量が得られない。

4. 頑強性をテストする

多重共線性や同時性が発生しているときは、説明変数の増減で符号が大きく変わるなどする事が知られている。ブログではデータセットを公開してくれているので、頑強性をテストしてみた。その結果は以下になる。

頑強性テスト
変数名 係数(元モデル) P値 係数(MS無し) P値
切片項 -2.0781 0.00 4.5623 0.00
マネーサプライ比 1.4354 0.00
円金利 0.3182 0.00 -0.2078 0.00
ドル金利 0.0147 0.00 0.0533 0.00
鉱工業生産指数比 0.2736 0.00 -0.2261 0.12

マネーサプライ比を除外すると、切片項が大きく変化し、円金利の符号が逆転し、鉱工業生産指数比の符号が変化し、しかも有意性が消えている事が分かる。つまり推定結果は、頑強性があるとは言えない。

OLSの特徴として変数を追加していくと予測精度は上がるのだが、頑強でないとサンプル期間中だけに限らる可能性が高く、背後にある経済構造に迫っていない事になる。もっともサンプルにおける予測精度も以下の程度の差しかない。

5. マネーサプライ比 vs 日米金利

単にロバストネス・テストを行っただけでは問題点を指摘して終わるので、マネーサプライ比と日米金利のどちらが説明力が強いか考察してみたい。

フォーマルにはVAR/VECMで分析を行う方が望ましいが、マネーサプライ比からの予測と、日米金利からの予測をプロットしてみる。

マネーサプライ比の為替レート予測精度はかなり低い。逆に日米の金利は為替レートを良く説明しているように見える。

6. まとめ

白川(1979)の分析方法は、書かれた時代の背景により、時系列データに良くある問題を処理しておらず、また頑強な推定方法とは言えない。また予測精度が高く見えるのは、主に日米の金利が説明変数として優れているからのようだ。

白川(1979)を踏襲したブログの分析結果は、量的緩和による円安誘導の強い根拠になりえない。分析手法に非定常性の問題があるだけではなく、詳しく分析を追試していくと、むしろ為替レートには金利の影響が大きいからだ。

量的緩和が行われてそれが有効だとすると、まずマネタリーバランスが拡大し、次にマネーサプライに影響が及び、さらに金利が低下すると考えられる。金利に下がる余地があれば円安を誘導できるが、ゼロ金利に近ければ効果が無い。

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