2012年3月17日土曜日

生活保護制度とベーシックインカムと負の所得税の違い

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ベーシックインカムは「愚者の楽園」』『ベーカムは「愚者の楽園」追記』で橘玲氏が、産業革命勃興期に英国で実施されたスピーナムランド法の経験を元に、ベーシックインカムを否定している。しかし、批判は妥当とは言えない。

現在の生活保護制度の方がスピーナムランド法に近くなっており、ベーシックインカムは生活困窮者のインセンティブ・メカニズムにも考慮しているからだ。分かりづらい所もあるので、生活保護制度とベーシックインカム、そして負の所得税について違いをまとめてみた。

1. 生活保護制度とその問題点

スピーナムランド法は端的に言えば、所得が生活扶助額以下の困窮者に生活扶助額を与える、現在の日本で行われている生活保護に近い制度だ。大雑把な例を図示する。

実線が手取り、破線が所得税や生活扶助費が無い状態を表す。実際の制度は、家族構成や居住地域資産の有無等で生活扶助を受けられる所得が変化し複雑だが、基本的な特性は同じだ。

(1.1) 困窮者が働かなくなる
全力で働いても生活扶助額以下にしかならない人には働く意味が無い(スピーナムランド法では一定額以上は働く必要がある)。図で言うと、所得が14万円以下の領域では、手取りが平行線になる。困窮者が働かなくなるために、生活扶助額と社会的損失が大きくなる(*1)。
(1.2) 困窮者の扶養者の調査が必要
内縁の夫などの経済的な保護者がいても、それを隠す人が出てくる。児童手当や生活扶助狙いの偽装離婚などがありえる。
(1.3) 財政負担が大きくなる
(1.1)から財政負担が大きくなる。なお現在は年に3兆円以上の支出がある。

2. ベーシックインカムとその利点と問題点

ベーシックインカム(以下、BI)は、全員に一定の金額を給付しようと言う制度だ。金持ちであろうが、困窮者であろうが一定の金額がもらえる。大雑把な例を図示する。

実線が手取り、上の破線がBI込みの所得、下の破線が所得税や生活扶助費が無い状態を表す。BIにも所得税がかかるとしているが、かからなくても他の所得に対する課税で調整されるので、本質的には同じだ。

一定の金額(ここでは10万円)を所得に関わりなく給付し、その後に所得税をかけるので、実際に生活扶助費をもらう人は少数になる。

(2.1) 困窮者も働く
困窮者も働くインセンティブを持つ。図で説明すると、手取りが所得に対して平行な領域が無い。理論上は労働意欲が減退すると思われるが、貧乏人の方がお金が必要なものだ。
(2.2) 困窮者の扶養者の調査が不要
家計単位ではなく、国民全員に給付するので、実際の家族関係などの把握は不要になる。BIを課税対象にした場合、BIへの課税を減らす為に離婚する人が増えるかも知れないが、生活扶助ほどの利益は無い。
(2.3) 大きな所得税増税が必要
BIの欠点は予算規模が莫大になることだ。支給額×1億2000万人が総支給額になるので、月に10万円配ると年に144兆円必要になる。

生活保護制度と比較すると、インセンティブ・メカニズムが良くなり、スクリーニング・コストが低減され、政府の予算規模が膨大になる。

3. 負の所得税とその利点と問題点

生活保護制度の生活扶助費の計算を改善して、働く意欲を持たせたのが負の所得税。ミルトン・フリードマンが提唱し、最近では英国で導入が検討されている(Telegraph)。大雑把な例を図示する。

実線が手取り、破線が所得税や負の所得税(=生活扶助費)が無い状態を表す。

(3.1) 困窮者も働く
困窮者も働くインセンティブを持つ。図で説明すると、手取りが所得に対して平行な領域が無い。理論上は労働意欲が減退すると思われるが、貧乏人の方がお金が必要なものだ。
(3.2) 困窮者の扶養者の調査が必要
内縁の夫などの経済的な保護者がいても、それを隠す人が出てくる。
(3.3) 政府予算が削減できる
(3.1)から働く人が増えるので、政府予算をある程度は削減できる。

生活保護制度と比較すると、インセンティブ・メカニズムが良くなり、スクリーニング・コストは同様で、政府予算を削減できる。

4. 生活保護制度の改良は必要

日本は母親が勤労しているのに貧困に陥っている母子家庭がOECD諸国の中で飛びぬけて多く(平成22年版 男女共同参画白書 - 第1部 第5章)、もっと生活保護制度は批判されても良いと思うのだが、なぜか対策は後回しにされている。

現状では生活保護制度の不正は0.4%程度(*2)なので、スクリーニングに大きな問題は無い。しかし、インセンティブ・メカニズムには大きな問題があり、困窮者が自助努力を放棄したり、本来ならば生活保護が必要な家計が利用できていなかったりする。頑張る人が得にならない社会と言うのは、道徳的とは言えない。

BIも負の所得税もインセンティブ・メカニズムは大きく改善するが、BIは政府予算の劇的な拡大を招く為、受け入れられる可能性は低い。最終的にはそうはならないが、ばら撒きと見なされる可能性も大きく、負の所得税を導入する方が現実的であろう。

追記(2012/03/19 00:48):現行制度では勤労控除があり、最低賃金で月40時間程度までは生活保護に影響が無く働け、約12.6%が勤労控除を利用しており、高齢者と傷病・障害者世帯が8割である事から、労働意欲は問題では無いと指摘があったが、このケースでも問題は残る。

例えば月90時間労働しても、50時間分の労働が無駄になる。生活保護世帯が就労に適した職場が制限されることになり、制度設計上の不備は変わらない。また、高齢世帯や傷病・障害者世帯が全て労働不可能と言うわけでもなく、12.6%しか勤労控除が利用されていないのは、インセンティブ設計に問題がある可能性を残している。

65歳以上男性の労働力率は、1970年は約50%、2008年で約30%となっている。生活保護者のうち高齢者世帯は46%を占めるため、もっと勤労控除の利用者が多くても良いはずだ。

追記(2012/05/27 06:00:2010年度の不正受給は2万5355件・約128億7426万円である(産経新聞

2 コメント:

けんけん さんのコメント...

はじめまして。
3.2について世帯単位の課税を個人単位にすればその問題はなくなり、2.2についても世帯単位の支給となればその問題が出てきます。
民主党はBIの個人単位支給をイメージしつつ子ども手当を導入したはずですが、1年目→2年目→児童手当復活と世帯単位支給に変化してしまったようです。(私は負の所得税+個人単位課税・支給がいいと考えています)

uncorrelated さんのコメント...

>>けんけん さん
個人単位の方が不正を気にせず済みますが、世帯単位にしておかないと、個人の困窮者に十分な給付ができず、逆に大家族に過剰な給付になるかも知れませんね。

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