2012年3月11日日曜日

社会実験のための貧困対策

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エスター・デュフロ(Esther Duflo)と言うフランス人女性がいる。開発経済学ではかなりの著名人だ。彼女がサブサハラアフリカへの援助についてのプレゼンテーション動画がアップロードされている(TED(日本語字幕あり))。効率的な援助方法についての内容で、予防接種、マラリア対策のための蚊帳の配布、教育などの効率性に関する社会実験の意義について説明している。

1. 社会実験で援助は賢く効率的になる

予防接種に豆1Kgをオマケにつけたら予防摂取率が6倍になったとか、無料で蚊帳を配ったら利用者が増えて浸透率が良くなったとか説明している。病気になる社会的コストよりも、ずっと安い方法で予防接種や蚊帳を普及させられるそうだ。また、教育によって収入が増す事を宣伝したら、教員を雇うなどよりずっと効率的に就学率が良くなるそうだ。効率的な援助方法の開発が、彼女の関心と言う事のようだ。

2. サブサハラアフリカは自力で何もできないの?

単純に物資を送り込む援助よりはずっと効率的になるのは分るのだが、ある種の不愉快さがある内容になっている。サブサハラアフリカの人々は、予防接種や、マラリア対策や、人的資本の向上に関心が無いのであろうか。何故、欧州や米国はもとより、東アジアや東南アジアで取り組んで成果を上げていた事が、サブサハラアフリカでは出来ないのであろうか?

3. 情報入手コストが高いから自力で何もできない?

デュフロは開発途上国では情報入手コストが高いと言う。新聞もテレビもラジオもあるのだが、本当に情報入手コストが高いのであろうか。江戸時代に飢饉対策で、青木昆陽がサツマイモを広めていた事や、上杉鷹山が飢饉対策でウコギを垣根に推奨していた事を思い出すと、情報入手コストであっさり説明するのは疑問だ。情報入手コストが低くなるような社会を作る気が無い。

4. サブサハラアフリカの人口増加率と資源

1960年に2億3089万人であったサブサハラアフリカの人口は、2010年に8億5633万人に増加している(UN - World Population Prospects)。予防接種もマラリア対策も上手く行っておらず、頻繁に飢餓が発生しているのにだ。予防接種やマラリア対策が進めば、もっと人口は増えていたであろう。幾何級数的に増えていて、2030年には14億人を超えそうな勢いだ。

一方でサブハラアフリカの水資源等は既に限界に達していて、下手をすると食料生産量は低下する(関連記事:衛星写真で見た環境破壊)。実際に、米や小麦の生産量は需要に追いついていない(ARDEC)。

追記(2012/03/11 16:00):IWMI(2010)によると、現在のサブサハラアフリカの経済的水不足ではあるが、潅漑設備等を増加させても現在のペースで人口増加が進めば、やはり物理的不足が発生する。

5. 出生率を下げないと、予防接種も蚊帳も意味が無い

資源を食い尽くすまで人口が増え、資源を食い尽くしたら人間が減っていく世界が、サブサハラアフリカと言う事になる。一人当たりGDPも、輸出品である資源価格の変動を除けばほとんど変化していない(1970年~1990年は0%、1990~2009年は年平均1.8%成長)。明らかに産児制限を行い一人あたり資本装備率を上げる必要があって、それは教育や健康を含む人的資本の向上も意味する。外部から教育や健康だけを向上させても、人口が増加してしまうので結局は変化が無い。デュフロがやっている事も、社会実験のための貧困対策に過ぎない事になる。

6. 低い政府機能が自助努力に影響

日本も戦前は富国強兵と言って人口増加政策を取っていたが、戦後は人口抑制政策を取るように変化した。これは外国人が日本中を啓蒙して回ったわけではなく、進駐軍のアドバイスなどを聞きながらも、日本の政治家や官僚が政策を決定し遂行していった。サブサハラアフリカの政府は力が弱すぎてそういう事ができない。未だに村と村で弓矢で抗争をしている世界だから、国政と言う概念が無いのかも知れない(AFP)。政府機能の重要性は「東アジアの奇跡」でも指摘されている。

7. 大きな問題に取り組む準備

エスター・デュフロほどの人物が、サブサハラアフリカにある問題に気付いていないはずが無い。出資者の趣味かも知れないが、きっと問題解決にほど遠い事をしている認識はあるのであろう。ただし、彼女の著作の邦訳『貧乏人の経済学』の第5章には「貧乏人は子作りの意思決定をコントロールするのか?(セックス、制服、金持ちおじさん だれの選択?)」と言う興味をそそる節がある(みすず書房)。一連の社会実験で蓄積されたノウハウが人口抑制に適応できれるのであれば、サブサハラアフリカの状況は大きく変化する。プレゼン中にエスター・デュフロが30年後と言っていたのは、そういう事なのかも知れない。

2 コメント:

morihiko さんのコメント...

書かれている内容はごもっともなのですが、ちょっと世間知らずの感。未だにサブサハラアフリカから権益を受けているのはアフリカ大陸以外のグローバルカンパニーと軍需産業なんですよ。
レアメタルのドキュメンタリー http://bloodinthemobile.org/
ナイルパウチ http://www.imdb.com/title/tt0424024/
次は映画ですが、、ダイアモンド http://www.imdb.com/title/tt0450259/
あと、サブサハラではありませんが、ナイジェリアのラゴスや、ケニヤのナイロビで、スラムの再開発を請負い、ポリスに擁護されながらスラムを予告無く壊し、安価な労働力として地方から出稼ぎに来ている人達から生活の基盤を奪っているのは、政府と落札した中国・インド等のゼネコンです。うーん、やっぱり奇麗事ですね、彼女の言っている事。

uncorrelated さんのコメント...

>>morihiko さん
エスター・デュフロの関心時は効率的な援助方法と言う事なので、現地の経済構造を知っていても、特に触れる必要は無いのかと思います。「大きな問いには答えられない」と明言していますし。

このぐらいの人になると、裏づけの強さやスポンサー等の関係者の立場を考えて話をするので、知っている事と、言える事に大きな乖離が出てきます。「世間知らず」とは思いません。

なお、ナイジェリアやケニヤもサブサハラアフリカに分類されるようです。

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