2011年11月11日金曜日

国民皆保険制度の崩壊条件

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TPP参加で崩壊すると日本医師会などが強く危惧している国民皆保険制度だが、ちょっと考えれば関係が無い事が分かる。理由は簡単で、皆保険制度崩壊の条件を満たさないためだ。

自由に民間医療保険を競争させると、病弱な人が健康保険に加入できなくなる問題が発生するのは確かだが、TPP交渉参加国である米国は国民皆保険制度を、カナダ、オーストラリアはさらに公的医療保険制度を導入しており、医療保険分野に自由化が求められる可能性は極めて低い。混合診療などの規制緩和が求められるかも知れないが、これは医療保険の自由競争を意味しないので、国民皆保険制度に対する影響は無い。

TPPが国民皆保険制度の崩壊を引き起こすと主張する論者の根拠は不明だが、少なくとも国民皆保険制度の維持は、TPP交渉不参加理由にならないと考えられる。

1. 逆選択による保険制度の崩壊

民間の医療保険市場があって、医療保険への参入が自由だとする。医療保険Aが病弱な人と健康な人に同じ保険料を提示すると、病弱な人に割安に、健康な人に割高になる。当然、健康な人は保険料負担を安くしたいので、競合する医療保険Bが現れれば、医療保険Aから健康な人が離脱し、医療保険Aに病弱な人だけが残る。医療保険Aは、保険請求率が高くなるので、同じ保険料では採算が取れなくなる。しかし病弱な人向けの保険料を設定すると、今度は保険料が高くなりすぎて病弱な人も離脱し、医療保険Aは消滅する。つまり、自由競争にしておくと不健康な人は医療保険を利用できなくなり、病弱な人向けの保険制度の崩壊が発生する。

追記(2012/12/11 14:07):なお情報の非対称性があると、安い保険プランを提示した医療保険Bに病弱な人も流れ込み、医療保険Bも消滅する。

2. TPP交渉参加国にもある国民皆保険制度

米国は競争社会なので、自由競争を排除する国民皆保険制度に否定的に思っている人は多いかも知れない。確かに先進国では米国だけ国民皆保険制度が無かったが、逆選択による保険制度の崩壊が問題になり、オバマ政権になって導入された。2010年4月に議会で可決され、2011年11月に裁判で合憲判断が下されている。公的医療保険制度の導入では無いが、国民に加入を義務付け、民間保険会社に病弱を理由に加入拒否を禁じるものになっている。国民皆保険制度は、米国を含めた世界の潮流と言えるであろう。他のTPP交渉参加国であるカナダやオーストラリアにも、メディケアと呼ばれる租税方式の公的医療保険制度がある。

TPPで国民皆保険制度が崩壊すると強く主張されているのだが、米国が出来たばかりの自国制度を放棄するとは思えないし、カナダやオーストラリアがメディケアを放棄するとも思えない。もし公的医療保険制度に関して議題が持ち上がったとしても、何らかの合意が行われる可能性は低いであろう。現段階のTPP交渉で公的医療保険制度の取扱いは話題にあがっていないのには、理由がある。

3. 混合医療の導入で国民皆保険制度は崩壊しない

国民皆保険制度の崩壊条件は、不健康な人を排除するような自由競争である事は述べた。それから考えると、現在までTPP関連で指摘されている混合医療の導入が行われたとしても、国民皆保険制度は崩壊しない。むしろ保険外医療を利用しやすくなるだけで、保険加入者が離脱する事は無いからだ。お金持ちが公的医療保険制度に留まるモチベーションだけが上がる事になり、お金持ちが利用する保険内医療が増えるので保険制度にかかる負担が増えるが、僅かな影響であろう。

4. 国民皆保険制度の維持は、TPP交渉不参加理由にならない

まとめると、(1)近年の米国を含む世界的な傾向からして、TPPで国民皆保険制度が議論にあがる可能性は低い。(2)米国に公的医療保険制度の廃止が求められれば、カナダとオーストラリアと共同で対抗する事ができる。(3)混合医療は公的医療保険制度に影響しない。冷静に考えれば、米国でも貧困層の救済のために公的医療保険制度は求められているわけで、TPPで自らの手足を縛るとは考えづらい。医薬品や医療機器の関税率はほぼ0%(眼鏡が3.3~4.7%)なので、関税撤廃による影響も無いであろうし、TPPで国民皆保険制度が崩壊すると言うのは、根拠を著しく欠く主張となっている。もちろんTPPの詳細は決まっていないので、国民皆保険制度に対する影響がこれから議論される可能性もある。その場合は、影響評価をそのときに行えばいいので、少なくとも国民皆保険制度の維持がTPP交渉に参加しない理由にはならないであろう。現時点で、国民皆保険制度が崩壊するような情報は出ていないのであるから。

5 コメント:

匿名 さんのコメント...

「米国が出来たばかりの自国制度を放棄するとは思えない」
次期大統領選でティーパーティが支持する共和党保守派が当選した場合はどうでしょう?彼らは健康保険制度を社会主義的だと批判していました。極端な政策を取る事も否定できません。

uncorrelated さんのコメント...

>> namakemono さん
共和党保守派が政権をとれば、国民皆保険制度の破棄に努力するかも知れませんが、議会が一度通した法案をすぐに無くすとは考えづらいです。
マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」が作られたように、米国で医療制度が社会問題化しているのは確かで、それに対して何らかの対策を求める世論もあるはずです。
また米国の薬剤や医療機器の輸出障害に国民皆保険制度が障害になっているかと言うと、健康保険の対象可否の問題ぐらいしかなく、米国の政策担当者が間抜けでなければ、議論の呼ぶ国民皆保険制度そのものに踏み込むことは無いでしょうね。

amblewaria さんのコメント...

反対しているのは、株式会社の医療参入に対してではないでしょうか。
つまり、保険診療の報酬が外資系に吸い上がられて、結果、国内医師への配分が少なくなる、と。
がん保険などの併用で高額医療に抵抗感がなくなると、混合診療へのシフト圧力も強まると思いますし、そうなると先端医療で一日の長がある海外医療法人が有利になりますね。

uncorrelated さんのコメント...

>>amblewaria さん
保険外診療の方が報酬設定に自由度がある分、逆に医師の利益は大きく、海外と国内で医療法人が競合する部分はほとんど無いように思えます。海外医療法人では保険診療ができません。

k.takeda さんのコメント...

国民保険にどのような物を求めているかどうかが問題なのではないでしょうか?今まで、移植医療などは保険適応する方向で進んでいましたが、混合医療が導入されると、それは進まず、自由診療でどうぞ、という流れになり、高額(ぜいたく)な医療は自由診療でまかなうという方向性になるでしょうね。高額医療は赤字ですから。

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